狸の皮算用
今日も早朝から仕事に出かける。アパートから駅に向かうまでの道の脇、パンパンに膨らんだ黒い長財布が落ち葉に埋もれて落ちているのを見つけた。
いかにも高級そうな、黒光りした革の長財布だった。お札で膨らんでいるのか?だとしたら一体いくら入っているんだ?10万円?いや、そんなはした金じゃない。もっと入っている厚みだ。交番に届けて、1割もらえたとしてもかなりの額になるんじゃないか。……いや、そもそも届ける必要があるのか?まだ薄暗い早朝の住宅街、俺の他には誰も歩いちゃいない。このまま懐に入れたところで誰にもバレやしないだろう。正直言って金には困っていたところだ。何十万かの臨時収入は喉から手が出るほど欲しい。滞納している区民税と借金の返済に充てて、ここのところ地味なデートばかりだった彼女と何か旨いものでも食いに行こう。ディズニーに連れて行ってあげるのもいいかもしれない。そうだ、そうしよう。拾った金をただ自分の私利私欲のためだけに使うんじゃない。彼女を喜ばせるために使おうとしているんだ。それなら許されるべきだろう。俺は周囲をキョロキョロと見回すと、長財布にサッと手を伸ばした。
「あ」
それは長財布ではなく、裏返しになって落ちていただけの黒い食品トレイだった。早合点して財布だと思った自分の浅はかさ、金を盗ろうとした自分の浅ましさ、一瞬で金の使い道まで妄想してしまった自分の愚かしさ。俺は心底自分を恥じながら電車に乗った。
いつも通り8時前には山に着くだろう。今日みたいな日はきっとタヌキがたくさん狩れるはずだ。いいタヌキが捕れたら皮を売って、彼女と何か旨いものでも食いに行くことにしよう。ディズニーは無理だとしても。
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