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おひとり様
「最近旅行に行ったとか美術館に行ったとかアクティブな話をよく聞くから、恋人的な人が出来たんだと思ってたよー」そう言ってユキコは笑った。全然そんなことはない。旅行も美術館も登山も映画も観劇も、ここ最近SNSに投稿したりユキコに話したりした出来事は全部1人で行った。我ながら信じ難いがそれが事実なのだ。
「でも本当に1人だったかどうかって、いわゆる『悪魔の証明』になっちゃうよね。悪魔なんて存在しない、恋人的な人なんて存在しない、を証明するのは難しい……」わざと芝居がかった難しい顔をして、ユキコはそう言ってテーブルのホッケをつついた。確かにそうだ。1人だったというのは嘘で、本当はユキコの言う通り恋人的な人が出来たのかもしれない。恋人が出来て急にアクティブになったりSNSの更新が頻繁になるのはよくあることだ。そして別れと共にぱったりと途絶える。俺がユキコの立場だったとしても、俺は俺に恋人が出来たことを疑うだろう。そうじゃなければ急に休みのたびにあちこち小旅行に行くようになるなんて変化が説明出来ない。
「まあいいや、とりあえず全部1人だったってことで納得しとくよ。箱根のポーラ美術館行ってたよね?どうだった?私も前から気になってたけどまだ行ったことないんだー」悪魔の証明に挑む前にユキコから話題を変えてくれた。話題は最近の俺の小旅行のことから、仕事が忙しかったユキコの近況あれやこれやに転がっていった。俺が最近おひとり様を満喫するようになったのは、ユキコが忙しくて3ヶ月も会えなかったからだ。本当は箱根のポーラ美術館も日光への小旅行も川越散歩も高尾山登山もユキコを誘いたかった。皆さまお察しかと思いつつ一応明言しておくと、俺はユキコと恋人的な関係になれたらいいなと思いつつ、誠に遺憾ながらこうしてたまに会う飲み友達というポジションに甘んじているのだ。
「いいなー、私もゆっくり旅行とか美術館とか行きたいなぁ……」そう言ってユキコはハイボールのグラスを眺める。『一緒に行こうよ』を言うべきか、それは出過ぎた提案なのか。ぐるぐると考えているうちに機を逸してしまった。あーもう!俺はこういうところがダメなんだ。このまま飲み友達でいいのかよ!もっと勇気を持ってリスクを取って踏み込めよ!そうは思いつつ、そうもいかないのが人生だ。あーあ、今日も飲み友達のまま会って飲み友達のまま別れて、またお互い忙しくてなかなか会えなくなるのか……なんてことを思いながら店を出る。じゃあねと言ってそれぞれおひとり様同士のまま電車に乗る。はぁとため息をひとつ吐き出したところでユキコからLINEが来た。
『今度一緒に旅行いこうよ』
新しい何かが始まるかもしれない。
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