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ある朴念仁の目覚め

通りかかった家の玄関先に、『大中小便ご遠慮ください』と張り紙がしてあった。住宅街の一角、犬の散歩の通り道になっているのだろう。おしっこをされたり糞をされたりして迷惑していることは想像出来る。それなら大便小便ご遠慮ください、と書くべきだろう。大中小便……中便なんて言葉は聞いたことがない。一体何のことだ?俺は家の呼び鈴を押して家主に問い質した。

突然の来訪にも関わらず、家主は丁寧に説明してくれた。曰く、私だって中便なんてものが存在しないことは分かっている。おっしゃる通り大小便と書くべきだ。大中小と書いたのは洒落である。大便小便するなとただ注意喚起するのでは角が立つかもしれない。不快に感じる人がいるかもしれない。そこを大中小と書くことによってユーモアを混ぜて、当たりを柔らかくしているのだ、ということだった。俺はなるほどと納得させられた。

世の中には洒落というものが、ユーモアというものがあるのか。目が覚めた思いだった。大便小便ご遠慮くださいという表現を、略し重ねて大小便ご遠慮くださいと書く。一方で、大中小という言い回しがあるのに掛けて、大中小便ご遠慮くださいと書くことによって、受け取り手の、中便なんかないだろう!というリアクションを喚起し、そこに面白みを出すというユーモア。これは面白い!そうか、これが面白いという感覚なのか。俺は声をあげて笑った。

およそ20年ほど前、俺がお笑い芸人を目指すきっかけになったエピソードである。今でも俺はイベントの前説ではよく、「会場内での携帯電話のご使用、飲食、麻薬の取引きなどはご遠慮くださいね」と言っている。あの日学んだユーモアである。

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うえぽん
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