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伝説の写真の中で

「この写真はどこですか?
めっちゃ綺麗ですね。海外の山ですか?」

初めて裏劒の写真を見たとき自然とこんな言葉が出た。
山小屋で働く事になった一年目に雨で入山が延期になりコーヒーでも飲もうと入った天狗平山荘に飾ってあった写真だったと思う。

「紅葉の池ノ平からの写真だよ。」
池ノ平がどこにあるのかも知らずに、
そう教えてくれた先輩の言葉に日本にもこんな所が存在するのだと思った。

その1ヶ月半後だったと思う。
8月いっぱいで仕事を終えて山を下りる予定だった僕に社長が声をかけてくれた。
「もう一つの小屋の仙人池は秋が忙しいから手伝いに来る?」
正直、仙人池がどこにあるのかもよくわかっていなかった。
その先も予定がなく暇だった僕はもうひと稼ぎするのも悪くないかと思い二つ返事で行くと答えた。

そしてその数日後、
雨の降る中、息絶え絶えで仙人新道を歩いていた僕は心の底から
「もう2度とこんな所には来ない!」
と思っていた。
そこはあまりにも山奥の僻地だった。
ちなみに今でも仙人新道を歩くと
「もう2度とこんな所には来ない。」
と思って歩いている。
行った事がある人にはこの気持ちが少し分かると思うのだが。
「こんな雨の中良く来たね。
とりあえず、風呂にでも入りなよ。」
と言われた事をなぜか今でも良く覚えている。

そして初めて山が見えた時に
「写真で見たあの山じゃないか。」
と思った。

小屋の食堂には常連さん達が撮影した自慢の裏劒の写真達が所狭しと飾られている。
夕焼けや朝焼け、雪化粧した裏劒の写真等、
どれを見ても日本の山には見えないそんな写真だった。

そして、その中に一際目を引く写真があった。
山の真上に綺麗に虹が掛かった写真だった。

何十年も通い続け小屋に滞在していた常連さんの撮影した写真だった。
「こんな事になった事があるんだ。すごいな。」
あまりにも現実離れしているその写真にそんな風に思っていたと思う。

それから数年後、
夏にアルバイトで入ってきた子(あまり関係ないけど今は僕の妻になった)が一枚の写真を見せてくれた。
「見てこれ、夏に虹が出たの。」
それは山の上に綺麗な虹が掛かった写真だった。

夢物語と思っていたけど、現実に起こる可能性があるんだと思った事を覚えている。

聞けば、
夏の朝焼けの時間に空気中の水分が多くて山が見えるといのが条件らしい。
秋だけ手伝いに行っていた僕には厳しい条件だった。
いつか見てみたいものだと思っていた。

そして夏も山に入る様になって今年で2年がたった。
朝から朝焼けしそうでしなさそうな天気だった。
雲がピンク色に焼けたら面白い写真が撮れそうだと言いながら朝食の準備を進めていた。
結局は朝焼けもせずに、お客さんの食事が終わりかけた頃に、山が見えているのか気になってふと窓を見た。

虹が少し掛かっていた。

「虹が出てるよ!」
と言ってお客さんも全員で外に出た。
切れ切れだった虹が繋がって綺麗な橋がかかった。

いつしかくっきり出た虹を見ながら池まで走った。
風でざわついていた池の水面もいつしか綺麗な鏡の様に静けさを取り戻していた。

常連さんが昔に写真を撮った時は、霧雨が降っていて寝ていたら一瞬だけ虹が出たので客室から慌てて写真を撮ったらしい。

池に虹が映ったらどんな景色になるのだろうか?
きっとまだ誰も見た事がないかもしれない。

気づけは僕はあの写真の中の景色にいた。

ここから綺麗に山が見える事。
こんな山の上にたまたま池があった事。
その池にちょど良く山が映る事。
夏の間だけ絶妙な角度で朝日が当たり丁度良く山の真上に虹がかかる地形である事。
そしてそんな場所に小屋がある事。

考えるほどに、そんな事ってありえるのか?と思ってしまう。

奇跡の輪


自然の中にいると想像もできない事に出会う。
いとも簡単に僕たちの想像を超えた事が起きる。

でも
何千年も何万年も何億年も
ずっと前から
当たり前の様に
自然はそんな風にただそこにあるだけなんだろう。

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