その何気ない一言で幸せを感じる。
短い期間だったけれど、公共の図書館に勤めていたことがある。
それまで主に会社対会社でコミュニケーションを取ることが多い仕事をしていた私は、図書館で働くことで改めていろんな人がいるな、と思い知らされた。
そこは駅前のわりと大きめな図書館で、本当に様々な方が来館していた。
サービス業ならどこにでも似たようなことがあると思われるけれど、返却時に本を乱暴にカウンターに投げていく人、貸し出しに早くしろと催促する人、カウンターに肘をついて話す人、大声で怒鳴り出す人、電話での問い合わせに「担当におつなぎ致します。少々お待ちください。」というと、「少々ってどのくらい?何分何秒?!」と返す人。
小学生かよ。と心の中で毒づきながら、小さな傷が少しずつ積もっていく。
あんたら、税金で食べてるんでしょ。と言われたこともある。
だからなんだ。私だって税金払ってるし。と思いながら、一般市民を相手にする仕事に辟易していた。やりたかった仕事だったのに。
そんな中でも利用者で印象に残っている年配の女性がいた。
その人は本を貸し出して受け取る時にいつも「お借りします。」と言う人だった。貸し出しも返却も、「どうも。」とか、「ありがとう。」とか言ってくれる人は案外いる。ちょっと頭を下げてくれるだけでも、気持ちよく仕事ができた。
でも、「お借りします。」と言ってくれた方はその女性だけだった。雰囲気が優しそうで、品のある方だった。
税金で賄っているサービスなんだから貸して当たり前と思うかもしれないが、その女性はきっとそういう考えじゃない。公共のものだからこそ丁寧に扱わせていただきます、という気持ちから「お借りします。」という言葉を発しているのだと思う。
私はその事がとても印象に残っていて、それ以来自分が図書館で本を借りるときも「お借りします。」と言うようにしている。
今日、近くに用事があって自転車で向かっていたら、途中道路工事をしていて交通整理をしているところに出くわした。そこは片側一車線で、交通誘導に従って私の前に2台車が止まっている。歩道が狭かったので私は車道の自転車通行部分で車に続き、並んで待機していた。
しばらくして進行を促す合図が出たので、私もそのまま車に続く。そこにいた交通誘導のおじさんは私にも改めて「そちら側からどうぞ。」という風に誘導棒で指示してくれたので軽く頭を下げた。
すると、その交通誘導のおじさんはすれ違い際、「どうぞお気をつけて。」と声をかけてくれたのだ。
あぁ、あのおじさんは丁寧な仕事をする人だな。と思った。
別に無言で誘導してくれても何も問題はない。
でも、私が自転車ですれ違う短い時間を考えて発したおじさんの
「どうぞお気をつけて」。
今日あのおじさんは何度となく発しているだろう、その言葉に私はすごく嬉しく、幸せな気分になった。自転車をこぎながら、にまにまと顔がにやけていたかもしれない。おじさんはそんなことを感じている人間がここにいるとは思いもしないだろうけど。
なんだそんなこと、と思うかもしれないけれど、何気ない一言がきっと、すごく大事。
おかげで私は今日、すこぶる機嫌がいい。