うたうひと
濱口竜介監督と酒井耕監督による東北を舞台にしたドキュメンタリーです。民話を語る様子を、岐阜県出身の小野和子がインタビューをするのを記録しています。
民話を語るのは三人のお婆さんとお爺さん。それぞれの語り口で、その人それぞれの表情で、自分が覚えている民話を語ります。
語る様子を、斜めからあるいは遠くから移したり、時には正面から顔を映します。民話は、どういう人がどういう風に語るのかによって、印象がまったく違うのだということが表現されています。
小野さんがインタビューのために移動する車の中で、民話を収集する意味を語る場面が、解説となっていて分かりやすいです。小野さん自身もそれなりにご高齢ですが、濱口竜介監督らによって質問されるのに答えて、民話にかける思いを語るので、民話を語る人をインタビューする小野さんを更にインタビューするという、二重構造といえるかもしれません。
小野さんが語る中で、きつねの嫁入りの話は、きつねに嫁入りした娘が狐をだまして川に流してしまうという、一見すると残酷な話ですが、実は嫁入りして姑から厳しく押さえつけられる嫁のうっくつした気持ちを前提に、嫁がスカッとさせる話であることという話は興味深いです。山村などに嫁入りして、昔は苦労したのであろうと想像されます。また、小野さんが民話を収集することに対して、山村などは、きれいごとだけではなく、ひどい面もあるので意味がないとか言って反対する人もいるようですが、きれいな面だけを集めるのでいいんだと小野さんは語っています。狭い世界では人間関係のドロドロもあり、ひどいことがあっても口にしないこともあるだろうけど、そこから生まれる民話には何らかの人生の真実、エッセンスが含まれていて、そこに価値があるということと思います。
また、民話は、本やテレビなどがなかった昔、祖父・祖母が孫たちに、教訓、世の中のこと、人生などを教えるために作られ、語り継がれてきたという趣旨のことお爺さんが語りますが、なるほどなぁと思います。キリスト教の宗教画も、文字が読めない人に対して絵画で宗教の教えを伝えるために生まれたと聞いたことがありますが、それに似たような機能が民話にもあったということでしょう。
まだまだ考えたり、気付いたりする材料がちりばめられた作品と思います。まじめな記録映画ですが、観る価値がある映画です。
なお、初めて下北沢の映画館K2で観ましたが、コミュニティを盛り上げるためのこじんまりとした良い映画館でした。上映の前に、例の「映画男」が躍る盗撮はダメなどの注意事項を伝える映像が流されず、下北沢の居酒屋の経営者が店の宣伝をしつつ、注意事項を伝えていたのは、好感が持てました。久しぶりに映画男のあの嫌だけどクセになる音楽を観なくてスッキリしました!