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無料連載小説|紬 0話 プロローグ

人間は、死ぬよりも正気を残して壊れてしまった方が辛いようだ。精神が破壊されたことによる苦痛を感じ、そんな脳が修復不可能だと思い絶望する。そしてもがき苦しみながら生きる。そんな人間の気持ちが分かるだろうか?もし分かると言うなら、俺が殺しに行く。恋人である俺にさえ理由が分からない涙を流す彼女のために、俺は慈悲深い顔をした連中を殴り殺す。

「今の私は正気なのかな。奈月を好きな気持ちは本当なのかな」

心ある人は言うだろう。お前に正気なときなんてない。あまりに親切な言葉だから、そう言われたら俺は彼女を抱きしめる。この腕の中なら誰の声も聞こえないから。

しかし彼女の全てを愛しているのかと言われると、違うと答える。俺を罵り続ける彼女までは愛せない。ただ優しく、向日葵みたいな彼女の笑顔を見ると、攻撃的な時期も過ぎたことだと思えてくる。だから彼女への愛は80%といったところだろうか。20%くらいは憎んでいると思う。もっとも相手の全てを愛せる人間がいるとは思えないが。

俺たちは80%程度お互いを愛し、20%程度の憎悪を持ったごく平凡な二人だ。少し普通じゃないとしたら、彼女は20歳なんて若さで首を括り、21歳まで個室に閉じ込められていたことだろうか。首にギター弦の痕がある。リストカットみたいなアクセサリーとは違う、切実な刺青だ。

彼女は俺といるのが怖いそうだ。自分みたいな人間はいつか捨てられるだろうと強く思っているらしい。そして俺が彼女と結婚したことによる社会的な不利益なんかにも心を痛めているようだ。俺の方が彼女に救われたのに。彼女が人生に向き合っている姿を見て、俺も向き合い始めた。そして病気と一緒に生きるっていうお手本がない人生の組み立て方を見て思った。お手本通りに人生を歩む必要はない。だから俺は、ただ彼女と幸せになるためだけに人生を組み立てようとした。正しいかどうかは分からないけれど、彼女が幸せならきっと正しいんだと思う。

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