【2024年創作大賞応募用】【短編小説】傘花火 ~初夏の夜に咲く恋の花~ Chapter-5
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
尊い
夕飯は海斗と翔が買い出しに行って、その間に女子が台所を使わせてもらうことにした。おじいさんと民宿を考えていただけあって、広くて使いやすいキッチンだった。自分たちの分だけ作るのはもったいないということで、おばあちゃんにも振る舞うことにした。
男子二人は氷や飲み物など、重いものを買い出しに港方面に行く。ついでにおばあちゃんの馴染みの漁協の組合長に、魚を分けてもらう予定だ。暑いのに重い荷物でも運び、初対面で誰も知らないところへ出向き、楽しそうに行動する男子に、沙羅は頭が下がる思いだった。
おばあちゃんが例の伝説を語った後、何も言わずに梅ジュースを出してくれた。さっぱりとした甘みと梅の酸味のバランスが良く、沙羅は生き返る想いだった。こういう先人の知恵というのは素晴らしいなと思うのだが、自分で作れるとは思えない。沙羅はますます頭が下がる思いだった。
沙羅は、頑張って料理の腕を振るうことにした。料理ができるようになりたいと思い、チェーン店ではなく、個人経営の定食屋にアルバイトに入っていたのが功を奏した。コミュ障なので、もっぱらキッチンにいる自分に、それはどうなんだろう、と自虐も入っていたが。
「うわぁー、沙羅って煮物までできるの?凄い!」
花蓮とくるみが驚いた。夏にはぴったりだと思い、バイト先で教わった鶏肉のさっぱり煮という煮物を作ったのだが、沙羅自身も予想以上にうまく出来た。酢の酸味が効いた煮物で、出汁と醤油と酢の割合がキモだと店長が教えてくれた。各々の割合を覚えていたから、何とか作ることができた。
「煮物ができるって、沙羅は尊い!」と花蓮が絶賛してくれた。
「あ、ありがとう・・・」
沙羅は素直に喜んでいいのかわからない。
「煮物なんて作ろうとも思わないし、作れなくていいか!と思っちゃう」
くるみも羨望のまなざしで沙羅を見ている。
「い、いや、大したことないよ・・・」
ほんと・・・・まだ一番褒めてほしい人に褒められたわけじゃない・・・・
「ただいま〜!腹減った!飯にしよう飯に!」
しばらくして、海斗と翔が買い出しから帰ってきた。海斗は氷と飲み物をテーブルに置きつつ、出来上がった夕飯のつまみ食いをしようとして、くるみに手を払われる。
「早く手を洗ってきてよ。食べたいんでしょ~?」
「ちょっとぐらいいいじゃん!なぁ?」
海斗は翔に同意を求めながら、手を洗いに行った。
夕飯は唐揚げなど少々重めのおかずがメインだったが、おばあちゃんが沙羅の煮物をたいそう気に入ってくれた。お代わりまでしてくれて、沙羅はとても嬉しかった。しかし、まだ不安は消えない・・・。
そわそわして落ち着かない沙羅に、おばあちゃんがやさしく言った。
「男性陣はお皿が空だから、よそってあげて」
「俺はから揚げ食べるからいいよ」と海斗は言ったが、翔は何も言わなかった。
「うん、わかった」
翔は煮物を食べるのか、食べないのかわからない。沙羅は複雑な心境だったが迷った挙句、煮物を持って行くことにした。凄く心配だったが、食べる気が無いなら、さすがに言ってくれるだろう。
海斗は唐揚げや地の魚の塩焼きにかぶりついていた。翔も体が大きいので食べる量が半端ない。サバでも一匹じゃ済まないんじゃないか?と思うくらい食欲旺盛だった。
沙羅は持ってきた煮物を翔に渡した。翔が少しだけ笑顔になったような気がした。
(気のせいかな・・・・)
なんにしても期待しないようにしている。コミュ障もそのせいかもしれない。相手が期待通りにしてくれないと、その分だけ傷つくからだ。そもそも他人は思った通りに行動なんてしないものだが、そうは言っても心は傷ついてしまうものだ。
そんな思いとは裏腹に、翔は一気に平らげていた。
「煮物、まだあるけど・・・・」
沙羅は思い切って聞いた。
「な、なら食べる!」
翔が慌てて答えた。
(やっぱりどもる。翔もコミュ障なのかしら)
沙羅はどもった翔を見て、おかしくなってしまった。
「何どもってんの?緊張している?」
くるみがツッコミを入れる。
「い、いや・・・な、なんつーか・・・」
顔を真っ赤にして翔は慌てて否定したが、言葉にならない。
「でた!くるみのイジメ!」
海斗が助け舟を出す。
「イジメてないわよ!アンタとは違うんだから!」
「まーた始まった!」
さっきまで穏やかな顔じゃなかった花蓮が、今度はあきれ顔で夫婦漫才にうんざりしていた。
翔の大食漢は想像をはるかに超えていた。作りすぎたと思っていた煮物を、結局全て食べつくした。大衆食堂のレシピだから、かなりの量になる。
人数分を計算したつもりだったが、それでも作りすぎてしまったと思っていた。それが、残っていない。
(男の子ってこんなに食べるんだ?)
洗い物をしながら、一か月の食費ってどれぐらいなんだろう?と沙羅は現実的なことを考えていた。
「あの煮物のうまさはレベチだった。沙羅は天使!」
一緒に洗い物をしながら、くるみは沙羅の作った煮物を絶賛した。
「そ、そうかな?単にお腹が空いていただけじゃない?」
「いーや、そうじゃないよ。とーっても尊い!」
「あ、ありがとう」
沙羅は褒められるのはどうも苦手だ。なんだか裏がありそうで逆に警戒してしまう。
(皆に褒められたのはいいけど・・・・)
先ほどから花蓮が男子と楽しそうに話している。別段食器洗いや後片付けを手伝って欲しいわけではない。洗い場は大人が二人くらいしか立てないし、みんなで食器を運んでくれたので、むしろ手は足りていた。
(誰と楽しそうなのだろう?)
ここで何か言うと心が狭い女のような気がして、沙羅は何も言えなかったが、心のモヤモヤは溜まっていく一方だった。花蓮のおしゃべり相手が気になり、くるみのおしゃべりを上の空で聞いてしまった。
「ねえ、聞いてる?」
はっ、と沙羅は我に返った。
「あ、ごめん」
「もう!今度料理教えてよ」
くるみが先ほどとは全く違うことを言ってきた。
「え?さっき煮物なんて作れなくていいって言ってたじゃん」
「いや、一生モノの男を捕まえるには、胃袋を捕まえなきゃって教わったから!」
「なにそれ。誰の言葉よ?」
「ん~、しらん!」
顔を見合わせて吹き出してしまった。
(たまに理屈が破綻するけど、まっすぐでいいな)
沙羅はくるみがうらやましくなった。
(くるみのようにストレートに表現できたら、私も尊い存在になれるのかな。こんなモヤモヤも抱かずに済むのかな)
沙羅はあえて洗い物に集中することで、耳を麻痺させようとしていた。
奥の部屋からは、相変わらず楽しそうな声が聞こえてきていた・・・・。
Continued in Chapter-6
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