【2024年創作大賞応募用】【短編小説】傘花火 ~初夏の夜に咲く恋の花~ Chapter-8
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
夏の日差しと恋模様
「沙羅!もう、沙羅ったら!」
「ん・・・・」
「もう!そろそろ起きよーよ!海いこーよー!」
くるみに起こされたが状況が判らない。確か駄菓子屋にいたような・・・・。寝起きで朦朧としていて、さしずめ夢うつつだった。
「駄菓子屋・・・・」
「は?寝ぼけてんの?ウケるんだけど!」
くるみがツッコんで、やっと沙羅の意識がはっきりしてきた。確かに外へ涼みに出かけたはずだったが、布団で寝ていた。
(なんだ夢か・・・・)
沙羅はがっかりした。それにしても妙にリアルな夢だった。香り、感触、声、足裏のサンダルの感触、感動した星空、おばあちゃんの優しい手の温もり・・・未だにリアリティがある。
「ねー!早くー!日が高くなってからだと歩くの暑いしさー!」
待ちきれない様子のくるみがイライラしている。
「日焼け対策しっかりしたのー?歳とってから後悔するよー?」
日焼け止めファンデーションを入念に塗りながら、花蓮が諭すように言う。
「大丈夫っしょ?ファンデはSPF50+++だっけ?なんか『+』がいっぱい付いてたから最強!」
「そういうところ無頓着よね?ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫!去年も一昨年もこれだから!」
「まさか三年モノじゃないよね?」
「え?使い切ってないだけだから、二年前のモノよ?」
「今年で三年目でしょ?劣化しているから肌荒れ酷くなるよ?毎年新しいもの買いなよ」
「ワンチャン、イケるっしょ!もったいないし!」
花蓮は心底あきれ返ったようで、それきり自分の日焼け対策に没頭し始めた。
沙羅はやっと動けるようになって上半身を起こした時、右手に何か持っていることに気が付いた。恐る恐る見ると、右手には白い傘の柄。導火線は・・・・付いている!
「なにそれ?」
くるみが暇を持て余していたのか、目ざとく見つける。
「な、何でもないよ!」
急いで布団の中に手を隠したが、くるみが抱きつき、押さえつけようとする。
「あー、なんか隠した!怪しい!白状しなさいよ!」
「ちょっと!暑いよ!」
くるみに力で勝てない沙羅が、言葉で応戦する。
「海に行きたいんでしょ?用意するから放してよぉ!」
ちょっと不服そうだったくるみだが、海と言われると弱いので渋々手を放す。
日焼け止めが入ったポーチを取り出すふりをして、素早く傘花火をバッグに入れ、何事も無かったかのように入念に日焼け対策をし始めた。
「おっせーよ!もう日が照ってきているじゃねーか!」
海斗が笑いながら言ってきた。イヤミが無いのは性格の良さか。
「しょうがないでしょ!女子はいろいろあんの!」
夫婦漫才が始まりそうなところ、おばあちゃんがのんびり声をかける。
「みんなきーつけて、楽しんでなぁ!」
全員でおばあちゃんに挨拶をして海へ下る。
おばあちゃんの家は山の中腹くらいにある。それほど急こう配でもないため、帰り道も苦にならない。スーパーはおばあちゃんの家から山側の駅周辺にあるが、魚は港に行って買っているというから、老人でも登れるくらいの勾配だ。おじいさんの代から付き合いのある漁師が何人もいて、漁協長はおばあちゃんと旧知の仲だった。
花蓮は小さい頃から通っていたので、港に着いたら沢山声を掛けられていた。漁師はそもそもが怖そうな外見が多く、タトゥーが入っているのも珍しくは無かった。沙羅はかなり怖かったが、花蓮の友達と分かると漁師が優しく接してくれて安堵していた。何より女性漁師がとても優しくしてくれた。
漁師は根が優しい人間が多い。男性陣も昨日の時点で既に気に入られていて「なんかあったらすぐに言えよ!」と声をかけられていた。何とも頼もしい限りだった。
港を過ぎると、ほどなく砂浜が見えてきた。砂浜が白っぽく見えるのは、真夏の太陽が天高くなって、日差しが強烈な証拠だった。
沙羅にとって、全ての色彩を飲み込むような強烈な日差しは怖い。海斗が翔と二人でテントを組み立てるまでは気が気でなかったが、慣れた手つきであっという間に組み立てたので、沙羅は急いで避難することにした。
キンキンに冷えた炭酸水を、一気に流し込む。
「あー癒されるー!」
「あー、が長い!」
くるみにツッコまれたが、応戦する気になれない。沙羅はもう既に帰りたくなっていた。
外は相変わらず太陽が元気だ。太陽に顔があったら、意地悪そうな顔で照らしているんじゃないかと思うほど、沙羅は太陽が憎らしく思えてきた。その太陽の下で、花蓮と海斗、翔が元気に遊んでいる。
海斗も翔も屋外スポーツをやっていたようで、暑さに強そうだった。花蓮も負けず劣らず暑さや日光に強いらしく、楽しそうにはしゃいでいる。
その光景を遠めに眺めながら、沙羅は嫉妬心が込み上げてきた。自分はどう頑張っても花蓮と同じ事はできない。海人も翔も、とても楽しそうで、切なくなって見てられなくなった時、くるみが話しかけてきた。
「本当に好きな人いないの?」
珍しく真顔のくるみに聞かれて、沙羅は絶句した。
「長い付き合いだからバレバレだよ」
遊んでいる3人に目を移しながらくるみがいう。いつもと違って真剣さが伝わってくる。
「自分でもわからない」
なるべく曖昧に沙羅が答える。
「相手の気持ちは、わからないの?」
「聞け・・・ないよ、そんなこと」
思わず好きな人の存在を、白状してしまった。
「相手はどっちなの?海斗?翔?」
「やだよ!言わない!」
「あー!長い付き合いじゃん!教えなさいよ!」
どこで捕まえたのか、くるみが小さい虫を持って沙羅に白状させようする。虫を持ったくるみの手が伸びてきて、沙羅は思わずのけぞった。
「どこでそんな・・・・」
「長い付き合いだと、弱点も知ってるから便利よねー」
虫を持ったくるみが、いたずらっぽい笑みを浮かべて沙羅を追ってくる。
「嫌だってば!そんなの卑怯だよ!」
そう言うと、くるみが真顔になった。
「私にも関係あんだよ・・・」
もう少しで聞き取れそうだが聞き取れない、ギリギリの大きさでつぶやいた。
「え?」
「ううん、なんでもない!ほら!私たちも遊ぶよ!」
くるみがあっさり諦めて、沙羅の手を引っ張って立たせようとする。
「えー、暑くていやー!」
「ほら、白状しなかったんだから、早く立って!」
それぞれのモヤモヤを抱えたまま、二人の攻防は続く。夏の空のようにスッキリするには、まだ時間がかかりそうだ。
ツクツクボウシの輪唱が、夏の訪れを急かしているようだった。
Continued in Chapter-9
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