【2024年創作大賞応募用】【短編小説】傘花火 ~初夏の夜に咲く恋の花~ Chapter-10
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
バッカ(バカ)じゃないの?
不意に聞き慣れた声が聞こえた。砂浜は足音を隠すようだ。
「今度は負けないからな!」
「ハッハッハッ!何度でも挑みたまえ!」
「勝てないんじゃない?めっちゃ早いもん!」
皆が戻ってきたようだ。どうやら何か競争して海斗がくるみに負けたようだった。
翔と沙羅が急いでそっぽを向いたせいか、微妙な空気を醸し出していた。
「あー、ずるい!二人だけなんか食べてる!ねー、なんか買ってこない?」
援護射撃か定かではないが、不服そうに言いながらくるみがテントに入ってきた。花蓮は翔と沙羅の間にどっかり座り、早くも買ってきてもらう体勢だった。それを見た海斗が花蓮の欲しいものを聞いて、くるみと一緒に買いに行った。
花蓮がおしゃべりなので、沙羅としては助かったが、内心とても気まずかった。あえて翔と沙羅の間に座って話す花蓮の気持ちはわかるが、あからさま過ぎて沙羅は圧倒されていた。
花蓮は内心焦っていた。沙羅と翔の間に明らかにいい雰囲気が流れていた。もう少し遅かったら何か起こっていたんじゃないか?と思うと嫉妬心が抑えられなくなっていた。「何か」ってなんだよって?私だって知らないわよ!
沙羅の気持ちは知らないが、花蓮はお風呂で宣言したので、誰の前であろうと、翔と仲良くするのに抵抗は無い。宣言しなかったら遠慮するのか?と聞かれると、そんなことができるタイプではない。宣言したことで自分も周りも吹っ切るタイプで、ライバルがいれば燃えるタイプなのかもしれなかった。
翔と沙羅の間に座ったとはいえ、あからさまに翔に寄っている。暑苦しいテントの中で、更に密着する花蓮に、翔は少し狼狽した。
密着しようとすればするほど、翔は肌に触れ合おうとしない。そりゃそうだ。今日は酷暑日で、命にかかわりそうな暑さだ。
花蓮と沙羅の距離が、意味も無く徐々に空いていく。さすがに翔が気がついて、咎めるように「花蓮・・・・」と言ったが・・・・。
「だって、沙羅が顔真っ赤で暑そうだからさ、少し寄ってあげた方が良いかなと思って」
と言って悪びれた様子もない。
確かに人肌に触れたくない。ただでさえ限界を越えそうな暑さなのだから、それはそれで良かったが、沙羅としては釈然としない。
「沙羅だいじょうぶ?」
そう言いながら、花蓮がタオルで軽く仰いだが、全く力が入ってない。
風が来ない分、ひらひらするのが目障りで、なんとなくいい気分ではない。
花蓮は沙羅に体を向ける振りをして、翔に寄りかかった。翔は焼きそばを持っていたので、肘で寄りかかってきた花蓮を支えたが、わざとではなかったものの、少々力を入れすぎた。
「いた~い!女の子に対して何すんのぉ?」
「ご、ごめん・・・・」
(そんなに痛かったのかな?)
痛がるほど力を入れたつもりはないのだが、花蓮が痛がっていたので、翔は急いで謝った。こういう時だけ女の子ぶるのアリか?と思ったが、罪悪感をすごく感じていたので仕方がない。
「罰として、もっと寄りかからせなさいよ!」
花蓮はそう言って翔に思いっきり肩から寄りかかった。大義名分ができたので、堂々と翔に寄りかかり、可愛く頭をこつんっと翔の肩に触れた。翔は彫刻のように固まったままだったので、放っておいたら花蓮はこのまま抱き着くんじゃないかと思えた。
「わ、わたし、ちょっとトイレ!」
いたたまれなくなって、沙羅は思わず逃げ出した。
(私、邪魔よね?というか、バッカ(バカ)じゃないの?見てられない!)
沙羅は帽子を掴み、被り終わらないうちにテントから足早に出ていった。
まんまと花蓮にしてやられたような気がするのも癪だった。
(別にあんなところで仰いだところで、熱風しか来ないし!)
テントは日陰とはいえ、風が来なければ夏の空気だ。仰いだら熱風になり、せっかくの日影が台無しになる。
(翔だってあんなに嫌そうだったのに!)
花蓮の気持ちを知っているからこそ、仕方がないなと思っていたけど、私、まるっきりバカみたいじゃない?
(だいたい!翔だって嫌ならハッキリ嫌って言えばいいのに!)
自分のことは棚に上げ「ロダンの考える人」のように固まった翔に、沙羅の矛先が向いた。
途中、海斗とくるみにすれ違ったような気もしたが、構わずトイレに行って頭を冷やすことにした。
トイレで手を洗い、軽く顔を洗ってさっぱりした。さっきのことで頭がいっぱいだったせいか、鏡に映った自分の顔は少し険しく見えた。
(ただ・・・・本当に嫌だったのかな?)
嫌そうな雰囲気だったけど、表情はそんなに嫌がっていなかったようにも思えてきた。第一、暑いからみんな顔が真っ赤で、だるそうだったので、気持ちまでは読み取りにくい。
翔は口下手だと海斗が言っていた。恐らくさっきのことも言葉にできなかっただけかもしれないけど、無口な性格の人は、パワフルな女性とよくカップルになるイメージがある。
(もしかして、ああいう攻め方の女の子に弱いとか・・・・)
そう思うと、ぷりぷり怒って出てきてしまって良かったのか?
(バッカじゃないの?)
二人きりで残してきてしまった自分に向けたのか・・・・。でも、コミュ障の自分にあんなことできない。沙羅はすっかり弱気になってしまった。
しかし、心配しても仕方がなかった。結局選ぶのは・・・・。
(わたし、何に怒っているんだろう?)
自然体でいようと心に決め、トイレを後にした。
5人は午後も遊びまくり、結局、海がオレンジ色に染まってから浜辺を後にした。のんびりおばあちゃん家に向かって歩きながら、海斗とくるみが先頭でヒソヒソと何か話している。
(なんだろう?)
花蓮のマシンガントークを聞き流しながら、沙羅は二人の様子が気になった。
おばあちゃん家に着くと、スイカを用意してくれた。夏の水分はスイカやキュウリが一番だと、おばあちゃんが教えてくれた。小ぶりだがとても甘く、かぶりつくと水分が溢れんばかりに押し寄せてくるほどみずみずしかった。漁師の友人が栽培したものを、これまた市場に出せないからと譲ってくれたスイカだった。
都会にはない、のんびりとした生活リズムと、人と人をつなぐ絆みたいなものが、沙羅にはうらやましく感じた。
「さて皆さん!今晩はどうしましょーか?」
突然、くるみが皆に話しかけた。
「どうしようって、帰るんじゃないの?」
花蓮が言うと、くるみが続けた。
「そう!帰るのだが、しかし!せっかくだからさ、花火とかやらない?」
「いいねー、夏らしくなってまいりました!」
海斗が続く。次の日は全員予定を空けていたので、帰るのが遅くなってでも花火を楽しむことにした。
さっきはこの打ち合わせでもしていたに違いない。沙羅は肩透かしを食らった気分になった。くるみや花蓮の言葉に少し神経質になっていたせいなのか。
(自意識過剰だわ)
と自嘲した。
もう夏になったのか、梅雨らしくない夕暮れだった。
Continued in Chapter-11
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