【2024年創作大賞応募用】【短編小説】傘花火 ~初夏の夜に咲く恋の花~ Chapter-11
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
点火
(もう梅雨が明けたのかな?)
そう思って、沙羅はハッとした。
(あの花火、雨の時って・・・・梅雨が明けたら意味はないのかな。それにしたって雨の時って。そんな都合よく雨の時に花火なんてできないし、伝説なんて現実にならないよね。やっちゃおうかな。)
夢かうつつか未だにわからないまま、沙羅は傘花火を持って行くことにした。
日が落ちれば暗くなるのは早い。明るすぎない程度の間隔に街灯が立っていて、町並みはノスタルジックになっていった。
砂浜で花火をするために、その街並みを5人は海へ下っていた。昼間歩いた道だし、バケツを持って行けばゴミも散らかさずに持って帰ってこられる。スーパーで花火を買い込み、みんなワクワクしながら海岸に向かった。
沙羅はこの期に及んで傘花火をする気になれなかった。一応持ってきたものの、結果が怖くなり怖気づいていた。最悪な結果になった場合、皆は花火を見てわーきゃー言っているのに、1人泣いているなんて地獄絵図以外のなにものでもなかった。
それに、どう見ても天が泣き出すとは思えなかったから、無駄になってしまいそう。
(無駄って・・・・あの伝説を信じる?)
沙羅は自嘲したが、半分はやっぱり怖くてやりたくなかった。
砂浜には誰もいなかった。波の音が不規則に響き、時折心地いい潮風が優しく頬を撫でていく。静かでいい雰囲気の中で花火をするのは気が引けたが、漁師もゴミを散らかさなければ大丈夫、と言っていたから問題は無いだろう。
色とりどりの花火は、とてもきれいだった。海斗が悪ふざけをして、噴射する花火やロケット花火を翔にめがけて打ち込む。
「あっつ!」
と笑いながら反撃する翔。無邪気な男性陣を見て笑っている女性陣。
(これが青春ってことなのかな?)
沙羅は妙に感傷的になりながら、ちょこんと座って線香花火を楽しんでいた。
一通り終わりかけてきた時、海斗が言い出した。
「手に持つ花火だけだと盛り上がりイマイチだなー。打ち上げ花火とかできたらいいのにな」
そこで、くるみが思い出した。
「あ!そういえば!沙羅がなんか持ってなかったっけ?」
余計なことを思い出したくるみを、沙羅はこの時ばかりは呪いたくなっていた。
「え、なになに?打ち上げ花火持ってんの?」
海斗が食いつく。
「い、いや、打ち上げ花火かどうかわからないけど・・・」
覚悟を決めて持ってきた傘花火を見せた。
「ざ、斬新な花火ね」
「そ、そうだね、変わった形。白い傘の柄みたい。は、はは・・・・」
(あ、完全に引かれている)
沙羅はみんなの視線が痛くなってきた。
「導火線が付いているから、飛ぶんでしょ?多分。やってみようよ!」
花蓮が興味津々でやりたがった。おばあちゃんが言った通り、花蓮には傘花火の伝説は伝わってなさそうだった。
(でも、これは雨が降らないと・・・・)
沙羅は駄菓子屋のおばあちゃんの言葉を思い出していた。
それと同時に、出かけに花蓮のおばあちゃんに言われたことを思い出した。相変わらずニコニコして優しく手を握り、
「大丈夫、しっかりおやんなさい」
こう言って、訳アリ顔で送り出してくれた。
(伝説だって言っても、どうせ本当かわからないし)
沙羅は思い切ってやってみることにした。
持っていた沙羅が火をつける係になった。沙羅としてもその方が良かった。もし伝説が本当なら、自分以外に火を点けさせられない。
傘の柄の長い方を上に向け、カーブを下にして砂浜に立てた。導火線も砂に埋まるが、最小限にして出来る限り導火線を出しておけば、消えはしないだろう。
スーパーで一緒に買った花火用のライターを取り出し、導火線に点火しようとした時、沙羅の手に「ポタッ」と冷たい感触があった。
「雨だ」
翔が気付いた。雨粒が大きく、あっという間に雨脚が強くなる。
「夕立ちかな?沙羅早く!」
くるみが沙羅を促す!
「う、うん!」
言われたものの、そもそもライターが点かない。いや点くのだが火が小さすぎてすぐ消えてしまう。電子タバコはおろか、紙タバコも吸ったことが無い沙羅は、ライターの炎を大きくする仕組みが判っていない。
「かして!」
花蓮がライターを調節し、ライターの炎が大きくなるのを見届けた。
その流れで導火線に火をつけた。
「待って!私が点ける!」
沙羅が言い終わる前にひときわ「シュッ」と明るくなって、火が走り出した。
「ジジジジジジ・・・」
点けた火が導火線を走っていく。こんな雨の中でも火が点いた。うぉ〜!という雄たけびと、きゃー!という歓喜の声が同時に上がり、皆ワクワクしていた。
沙羅は、楽しんでいる集団の中で1人だけ、浮かない顔をして眺めていた。
「私が点けるはずだったのに・・・」
あまりにもあっけなく火が点いてしまい、沙羅は茫然自失していた。こんなにも悲しいことがあるのかと、この時沙羅は初めて味わう感情に苦しんでいた。
夏の気配を感じさせる、蒸し暑い夜の夕立ちだった。
Continued in Chapter-12
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