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【2024年創作大賞応募用】【短編小説】傘花火 ~初夏の夜に咲く恋の花~ Chapter-13

※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


道先案内

蛍の舞(たきがしら湿原・阿賀町) © koichi_hayakawa
※画像はイメージです(蛍の舞(たきがしら湿原・阿賀町) © koichi_hayakawa クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際) find/47

 翔は蛍に惹かれていた。何故だかわからないが「惹かれる」が正解だった。蛍が見えなくなる危機感が、黙って見ていることを許さなかった。
 海斗の声は聞こえていたが、遠く霞むように消え入り、次第に届かなくなった。

(蛍にしては大きいな)

 翔はいつしか走っていた。ゆっくり明滅するので、消えた時に死角に方向転換されたら完全に見失うと思い、なるべく近くにいたかった・・・。

(付いて行かないと一生後悔する)

翔は必死に付いていった。


 沙羅はあても無く走った。
 失恋とはこんなにも辛いものなのかと思った。

 高校時代にも付き合ったことがあったが、それほど気持ちが入っていなかったのもあり、本気の恋ではなかったが、それが恋だと錯覚していた。
 本気の恋に破れることが、こんなにも苦しいものだとは思っていなかった。失恋の辛さを全身で受け止め、心がもがき苦しんでいるようだった。

(もう二度と誰かを好きになりたくない・・・・)

 コミュ障で会話をするのも苦労する相手なのに、なんでこんなに辛く悲しいのか。昼間の二人きりの時間がとても大切で、言葉が無くても満たされていたのを沙羅は自覚した。

居るだけで安心する、代えがたい存在・・・・。

 疲れ切った足がもつれて、転んでしまった。道は舗装されていなかったが、幸いにも脇の草むらに突っ込んだので怪我は無かった。

 起き上がる気力がわかず、そのまま大きな声で泣いた。

 民家に沿った道をはずれ、舗装されていない道に入ったのはわかっていたが、それだけだった。どこなのかもわからないが、どうでもよかった。初めての本気の恋が、たった今破れてしまった。何もかもが、どうでも良く思えた。

 何かがゴツゴツと沙羅の頭に当たってくる。沙羅は顔を覆ったまま構わず泣いていたが、かなりしつこい・・・・。

(羽音がする!)

はっとなった。羽音がするとしたら、虫しか考えられない。

「いや!」

 大っ嫌いな虫がまとわりついているのかと思い、思わず手を大きく払った。重量感のある手ごたえと共に草の上に落ちた音がした。手ごたえと音からして甲虫の類だと予想した沙羅は、恐る恐る目を開けた。
 落ちた虫は、ヨロヨロとよろめきながら、草の一番高いところを目指してよじ登り、また飛び立とうとしていた。お尻が青白く光っている・・・・。

「蛍!」

千葉県 トオリミチ © F_Photo
※画像はイメージです(千葉県 トオリミチ © F_Photo クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際) find/47

 見たことも無い大きな蛍だった。いや、一度見たことがある。

(駄菓子屋さんの電灯!)

 いつの間にか、また蛍の群れに包まれていた。例の蛍は、よろめきながらも飛び立ち、沙羅の周りを回り始めたと思ったら真上でピタッと止まり、ほうき星になった。と、思ったら、そこから棒のようなものが下に伸びている。その棒を見覚えのある男性らしいゴツゴツした手が握っていた。

 翔が傘をさして目の前に立っていた。沙羅は、なぜここに翔がいるのか理解できず、混乱したまま急いで背を向けた。こんな不細工な顔を見られたくなかった。

「どうしてここが?」

沙羅は努めて平静を装い、後ろ向きのまま聞いた。

「ほ、蛍が連れてきてくれた」

翔の突拍子もない答えに、思わず振り返ってしまった。

「蛍が?」

「うん」

ほうき星になっている蛍を見上げ、翔が言った。

「あ・・・」

よく見たら、打ち上げた花火が、天の川と共に傘の内側に映っていた。涙でゆがんでいたせいだろうか、良く見えていなかった。

「追いかけなかったら、きっと一生後悔すると思ったんだ。必死に付いてきたんだけど見失って・・・・そしたら沙羅がいた」

心配そうな顔をして翔が続けた。

「ど、どうした?大丈夫?」

沙羅は泣くのをやめて、精一杯の笑顔を作って言った。

「翔が来てくれたから大丈夫よ!」

 翔はまた下を向いてしまった。沙羅はそれが何を意味するのかやっと解ったが、ハッキリと翔の口から聞きたかった。

「翔・・・・私に言いたいことがあるでしょ?」

「え?」

翔は驚いたような顔になり、徐々に赤くなってまたうつむいた。

「さ、沙羅・・・その・・・」

翔は後頭部の髪の毛を、手でぐしゃぐしゃかきながら、言いにくそうにしていた。

「沙羅はその・・・す、好きな人とかいるの?」

(おい!)

と、沙羅は内心ツッコミを入れていたが、閃めいて素直に言わないことにした。ハッキリ言わない翔に、少し意地悪したくなった。

「いるわよ?」

いたずらっぽく笑った。

「え・・・・そ、そうだよね!は、は、はははは」

 いつもと違って上ずった声で、翔は変な笑い声を発した。そんな翔を見て、沙羅はますますカワイイと思った。

「翔はどうなのよ?」

沙羅はニヤニヤしながら更に追い詰める。翔は黙ってうつむいてしまった。

「ハッキリ言いなさいよー!。人に聞いておいて言わないのって、卑怯じゃない?」

「え?だって・・・・」

「男なんだから、はっきりしなさい!」

 今時、男なんだからとか言ったら、それこそ差別とか言われかねないが、この場は沙羅が有利に進めたかった。

 翔は大きく息を吸い、覚悟を決めて沙羅に向かって言った。

「俺が好きなのは・・・・沙羅だから、その・・・・す、好きだから、その・・・・付き合ってくれないか?」

沙羅の意地悪はまだ続いていた。

「私の好きな人、知りたい?」

翔は冗談が通じない。がっかりしたように肩を落とし、うつむいてしまった。

「必死でホタルを追いかけてきた人よ!」

 翔は飲み込みが悪い上に、顔に出やすいようだ。しばらく沈黙が続いたが、意味が分かって段々顔が赤くなった。
 沙羅は翔が理解するまで、噴き出すのを必死に我慢していた。がっかりした表情から、徐々に変化していく一部始終を見ていたかった。悪趣味と言えば悪趣味だ。

「ん?・・・・え!じゃぁ!えーっ!」

翔は予想外の展開に、思わず変な声が出た。

「えー、が長いっ!」

沙羅は笑ってツッコミながら、翔に抱きつき唇を重ねた。

「ありがとう、迎えに来てくれて」

七夕の空は、すっかり泣き止んでいた。

Continued in Chapter-14

傘花火
※画像はイメージです(画像生成AI:MicrosoftDesignerで生成した画像)
※画像はイメージです(Canvaのテンプレート(編集あり))


Continued in Chapter-14

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