【2024年創作大賞応募用】【短編小説】傘花火 ~初夏の夜に咲く恋の花~ Chapter-13
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
道先案内
翔は蛍に惹かれていた。何故だかわからないが「惹かれる」が正解だった。蛍が見えなくなる危機感が、黙って見ていることを許さなかった。
海斗の声は聞こえていたが、遠く霞むように消え入り、次第に届かなくなった。
(蛍にしては大きいな)
翔はいつしか走っていた。ゆっくり明滅するので、消えた時に死角に方向転換されたら完全に見失うと思い、なるべく近くにいたかった・・・。
(付いて行かないと一生後悔する)
翔は必死に付いていった。
沙羅はあても無く走った。
失恋とはこんなにも辛いものなのかと思った。
高校時代にも付き合ったことがあったが、それほど気持ちが入っていなかったのもあり、本気の恋ではなかったが、それが恋だと錯覚していた。
本気の恋に破れることが、こんなにも苦しいものだとは思っていなかった。失恋の辛さを全身で受け止め、心がもがき苦しんでいるようだった。
(もう二度と誰かを好きになりたくない・・・・)
コミュ障で会話をするのも苦労する相手なのに、なんでこんなに辛く悲しいのか。昼間の二人きりの時間がとても大切で、言葉が無くても満たされていたのを沙羅は自覚した。
居るだけで安心する、代えがたい存在・・・・。
疲れ切った足がもつれて、転んでしまった。道は舗装されていなかったが、幸いにも脇の草むらに突っ込んだので怪我は無かった。
起き上がる気力がわかず、そのまま大きな声で泣いた。
民家に沿った道をはずれ、舗装されていない道に入ったのはわかっていたが、それだけだった。どこなのかもわからないが、どうでもよかった。初めての本気の恋が、たった今破れてしまった。何もかもが、どうでも良く思えた。
何かがゴツゴツと沙羅の頭に当たってくる。沙羅は顔を覆ったまま構わず泣いていたが、かなりしつこい・・・・。
(羽音がする!)
はっとなった。羽音がするとしたら、虫しか考えられない。
「いや!」
大っ嫌いな虫がまとわりついているのかと思い、思わず手を大きく払った。重量感のある手ごたえと共に草の上に落ちた音がした。手ごたえと音からして甲虫の類だと予想した沙羅は、恐る恐る目を開けた。
落ちた虫は、ヨロヨロとよろめきながら、草の一番高いところを目指してよじ登り、また飛び立とうとしていた。お尻が青白く光っている・・・・。
「蛍!」
見たことも無い大きな蛍だった。いや、一度見たことがある。
(駄菓子屋さんの電灯!)
いつの間にか、また蛍の群れに包まれていた。例の蛍は、よろめきながらも飛び立ち、沙羅の周りを回り始めたと思ったら真上でピタッと止まり、ほうき星になった。と、思ったら、そこから棒のようなものが下に伸びている。その棒を見覚えのある男性らしいゴツゴツした手が握っていた。
翔が傘をさして目の前に立っていた。沙羅は、なぜここに翔がいるのか理解できず、混乱したまま急いで背を向けた。こんな不細工な顔を見られたくなかった。
「どうしてここが?」
沙羅は努めて平静を装い、後ろ向きのまま聞いた。
「ほ、蛍が連れてきてくれた」
翔の突拍子もない答えに、思わず振り返ってしまった。
「蛍が?」
「うん」
ほうき星になっている蛍を見上げ、翔が言った。
「あ・・・」
よく見たら、打ち上げた花火が、天の川と共に傘の内側に映っていた。涙でゆがんでいたせいだろうか、良く見えていなかった。
「追いかけなかったら、きっと一生後悔すると思ったんだ。必死に付いてきたんだけど見失って・・・・そしたら沙羅がいた」
心配そうな顔をして翔が続けた。
「ど、どうした?大丈夫?」
沙羅は泣くのをやめて、精一杯の笑顔を作って言った。
「翔が来てくれたから大丈夫よ!」
翔はまた下を向いてしまった。沙羅はそれが何を意味するのかやっと解ったが、ハッキリと翔の口から聞きたかった。
「翔・・・・私に言いたいことがあるでしょ?」
「え?」
翔は驚いたような顔になり、徐々に赤くなってまたうつむいた。
「さ、沙羅・・・その・・・」
翔は後頭部の髪の毛を、手でぐしゃぐしゃかきながら、言いにくそうにしていた。
「沙羅はその・・・す、好きな人とかいるの?」
(おい!)
と、沙羅は内心ツッコミを入れていたが、閃めいて素直に言わないことにした。ハッキリ言わない翔に、少し意地悪したくなった。
「いるわよ?」
いたずらっぽく笑った。
「え・・・・そ、そうだよね!は、は、はははは」
いつもと違って上ずった声で、翔は変な笑い声を発した。そんな翔を見て、沙羅はますますカワイイと思った。
「翔はどうなのよ?」
沙羅はニヤニヤしながら更に追い詰める。翔は黙ってうつむいてしまった。
「ハッキリ言いなさいよー!。人に聞いておいて言わないのって、卑怯じゃない?」
「え?だって・・・・」
「男なんだから、はっきりしなさい!」
今時、男なんだからとか言ったら、それこそ差別とか言われかねないが、この場は沙羅が有利に進めたかった。
翔は大きく息を吸い、覚悟を決めて沙羅に向かって言った。
「俺が好きなのは・・・・沙羅だから、その・・・・す、好きだから、その・・・・付き合ってくれないか?」
沙羅の意地悪はまだ続いていた。
「私の好きな人、知りたい?」
翔は冗談が通じない。がっかりしたように肩を落とし、うつむいてしまった。
「必死でホタルを追いかけてきた人よ!」
翔は飲み込みが悪い上に、顔に出やすいようだ。しばらく沈黙が続いたが、意味が分かって段々顔が赤くなった。
沙羅は翔が理解するまで、噴き出すのを必死に我慢していた。がっかりした表情から、徐々に変化していく一部始終を見ていたかった。悪趣味と言えば悪趣味だ。
「ん?・・・・え!じゃぁ!えーっ!」
翔は予想外の展開に、思わず変な声が出た。
「えー、が長いっ!」
沙羅は笑ってツッコミながら、翔に抱きつき唇を重ねた。
「ありがとう、迎えに来てくれて」
七夕の空は、すっかり泣き止んでいた。
Continued in Chapter-14
目次に戻る
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?