【2024年創作大賞応募用】【短編小説】傘花火 ~初夏の夜に咲く恋の花~ Chapter-12
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
夏の夜に咲く
導火線を走る火は、思ったより緩慢だった。いや、あまりのことに、そう感じただけかもしれない。
雨の中でも大丈夫と、おばあちゃんが言ったとおり、導火線を走ってる火が傘の柄に達した。
「ん、何も起きないぞ」
海斗が近寄ろうとした途端、思い出したかのように甲高い「ヒュー!」という音と共に、一筋の光が天高く昇って行った。あの大きさからは想像もできないほどに高く。
「マジか!」
全員が驚いていた。沙羅はその行方を力なく見守った。
少し間が空いて、天の川が流れるほとりに花が咲いた。そういえば今日は七夕だった。運よくまだ雨雲は天の川にはかかっていない。
光を追いかけてきた音が沙羅の耳にも届く。さながら目の前で和太鼓を思いっきり叩いたような、大迫力の音だった。
「思ったより大きいぞ!」
海斗が驚いた声を上げ、
「きゃー!たーまやー!」
くるみと花蓮がお約束のセリフを叫んで、はしゃいでいた。
「キレイ・・・・」
沙羅は思わずつぶやいたが、花火は見る見るゆがんでいった。頬を伝うしずくがなんなのか、わからなくなっていた。
花火の傘は徐々に広がっていって、目の前にあるようだった。
沙羅は「はっ」とした。
この感じ、間違いない。傘が舞い降りてくる!
片思いだと普通の花火になるって、駄菓子屋のおばあちゃんが言っていた。
ということは、お風呂で花蓮が宣言していた以上、掴むのは翔だ。
(翔・・・・私じゃない・・・・)
傘のゆくえを追いたくなかった。沙羅は気が付かれないように急いで砂浜を離れた。最初は早歩き程度だったが、すぐに走っていた。行くあてなんて無いけど、思いっきり離れたかった。
4人は花火に見とれていて、沙羅がいなくなったことに気が付かなかった。それぞれが花火に感動していて興奮状態だった。1人を除いては・・・。
翔は直立不動のまま微動だにしない。海斗が話しかけても無反応だった。
「ん、どうした?心臓でも止まったか」
海斗が冗談で話しかけたが、翔の返事は無かった。
「お、おい・・・・」
翔に向き直って驚いた。花火を見ていて気が付かなかったが、翔がなぜか傘を持っていた。とても大きな白い傘だ。
「どっから持ってきた、その傘」
翔は相変わらず答えない。海斗が不審に思ったとたん、目の前を蛍が通った。その蛍を翔は凝視し付いていく。
「お、おい、翔!」
「ねぇ、沙羅がいない!」
くるみの声で振り返ると、慌てた表情のくるみと花蓮がいた。
「え、マジで?」
「だって4人しかいないよ?あれ・・・・3人?」
海斗は振り返ったが、翔の姿が見えない。
(嘘だろ?今さっき歩き出したばかりだぞ?)
「翔が変だったんだ。来る時に持っていなかった傘を持って、何を言っても返事が無くてさ。蛍を追いかけて・・・・」
こんな短時間に姿が見えなくなるはずがない。海斗は、なんだか目に見えない力が働いているような気がして、うす気味が悪かった。霊感は強くはないので何も感じないが・・・・。
「なに?何が起きてるの?」
くるみが不安になって海斗に聞く。
「わからない。けど、とにかく探すよ。くるみは花蓮と二人でおばあちゃん家へ」
沙羅と翔がいなくなっている以上、1人では危ない。海斗は二人をおばあちゃんの家へ送りたかったが、捜索が遅くなることを嫌った。最悪な場合、漁師に助けを求めることもできる。
「私も探すよ。土地勘あるし」
花蓮は涙声を堪えつつ言った。勢いとはいえ、火を点けてしまったのが後ろめたかった。
実は祖父とのなれそめを聞いたことがあった。小さい頃の話なので、おとぎ話の一つのように覚えていた。そんな記憶も成長と共に記憶の中に埋没する。いつしか思い出すことも無くなっていた。
その記憶が、沙羅が持っていた傘の柄を見て、瞬時に蘇った。直感で花火だとわかり、頭の中の断片的な記憶がすべて繋がった。
(なんで沙羅なの?)
沙羅がなぜ持っているのか・・・・天に選ばれたのが自分ではなく沙羅のような気がして、花蓮を激しく嫉妬させた。激情に任せて火を点けてしまったが、沙羅がいなくなってからは激しく後悔し、今にも泣きだしそうになっていた。
花蓮が泣きそうになっているのを察し、困惑したくるみが労わるように花蓮を抱きしめ、海斗を見る。
「頼むな」
くるみに優しく言い残すと雨脚が強まる中、海斗は翔の後を追った。
(いったい、どうしたってんだ?)
雨脚は一層強まり、雷雨になっていた。
Continued in Chapter-13
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