幽霊執事の家カフェ推理 第二話・疑惑のパイ包み6
散歩のあと例のイタリアンカフェに行くと、オーナーよりも先にあの店員と目が合った。珍しくレジのそばで、腕組みをして立っている。
ミルクチョコレート色の髪に縁どられた目が、少し険しい。今日は前髪を分けて額を出しているせいか、余計に鋭く見えた。
店員は塔子を見ると会釈をして、さっとキッチンに引っ込んだ。オーナーが苦笑いを浮かべ、カウンターを回って来た。
「ごめんなさいね。カウンターで?」
「ええ、お願いします」
最近は、一人で来るときはカウンター席に座ることが多い。オーナーもそう口数が多いわけではなく、適度に会話を楽しめる。
「秋のメニューで揉めてて」
オーナーは、ちらっとキッチンを見ながら肩をすくめた。
「うちはイタリアンカフェだから、モンブランなんて一貫性がないって言うんです」
確かにこのカフェはエスプレッソベースのメニューが多い。が、ブレンドコーヒーやレトロなウィンナ・コーヒー、数種の紅茶、ハーブティーも揃えている。モンブランがメニューにあっても、喜ばれるだろう。少なくとも塔子は注文すると思う。オーナーの腕なら、洋酒や渋皮を使った本格的な味になりそうだ。
モンブランやガトーショコラは日常に根づいているし、フランス菓子だということも多くの人が知っている。
でもイタリアンカフェにあったからといって、そこを気にする客は、あまりいないように思う。
塔子がそう言うとオーナーは強く頷き、
「でしょう」
まったく、と笑ってキッチンを見やった。その様子を見る限り、深刻な事態ではなさそうなので安心した。
塔子は前に麻美が食べていたピンツァとホットワインを頼んだ。ここはイタリアンに迎合してみよう。
あの店員は、さっきのことなどなかったかのように、ややもったいをつけた動きでプレートを塔子の前に置いた。それから眼鏡を上げてフニャッと笑った。やはりイタリア菓子を頼まれると機嫌が良くなるのだろうか。
そこまでこだわるなら、カフェじゃなくてバールの看板をつけたいのかもしれないな、と塔子は思った。
ピンツァはスパイスが効いていて塔子好みだった。ホットワインに入っている香辛料とも相性がいい。
塔子は長く柔らかなため息をついた。オフィスで出るそれとは、全然違うものだった。
心地よいベルの音に何気なく目を向けると、斉木千枝子が娘を連れて入ってきた。千枝子とは、行きつけの雑貨店で知り合ってから顔見知りになった。このカフェで会うのは初めてだ。
千枝子は娘の手を引いてテーブルに向かいながら、塔子に笑いかけた。公園帰りらしく、親子はラケットが入ったトートバッグを持っている。
少女も塔子に気づくと、手を振ってくれた。確か、名前は千晶だったと思う。ポニーテールにまとめた髪が元気そうにはねた。
二人は仲良くメニューを眺め、千晶はジェラートを選んだ。外がどんなに寒くても関係ないらしい。注文を取ったオーナーがキッチンに戻ると、千晶はテーブルに頬杖をついた。残念そうに言う。
「きょうすけくん、いなかったね」
そのとき、あの店員がキッチンから一瞬だけこちらを覗いた。
千晶たちを見てさっと引っ込んだように、塔子には見えた。
「そうだね」
千枝子は、さりげなく娘の頬杖をたしなめながら笑った。
「やっぱり森の方に行かないとだめなんだよ。遊具のとこには、きょうすけくん来ないもん」
千晶は赤い頬を膨らませて言った。
「千晶」
千枝子は穏やかな声で言い聞かせていた。
「あそこは、ママかパパがいないと行けないでしょ?」
「だって一人じゃないときょうすけくん、来てくれないもん」
あの公園は広いが、さほど鬱蒼としたところはない。おそらく散策路のことだろう。
多少は森林浴ができる場所で、塔子もたまに歩いてリフレッシュする。
しかし子どもを一人で行かせる親はいないかもしれない、と思った。
千晶はしばしむくれていたが、大きなジェラートが届くとすぐに機嫌を直した。千枝子は指先で娘の頭を撫でてから、マロッキーノの湯気を優しく吹いた。
週明け、柳田は予定通り出社してきた。見違えるように元気になっている。
出世のチャンスを逃したことに、さほど落ち込んでいる様子もなかった。
「いや、もう本当にやられました」
周りの心配を笑顔で吹き飛ばし、先週はぐったり歩いたオフィスを快活に進む。塔子も、ほっとして柳田を見ていた。昼休みには、麻美の元気も復活するだろう。
そのとき、
「柳田さん」
矢野春奈が、恐る恐るといった感じで声をかけた。
「ああ、おはようございます」
柳田は微笑んで会釈した。
「あの、ごめんなさい」
矢野は泣き出しそうな顔で頭を下げた。
「柳田さん体調崩したの、私のケーキのせいかもって思って・・・それで」
柳田は、キョトンとまばたきをして矢野を見ている。
矢野はすみませんすみません、と謝り続けた。
「大事な出張の前に、あんなもの持ってきたから」
そこまで聞いて、ようやく柳田はケーキのことに思い当たったようだった。ああ、と笑う。
「全然。矢野さんのせいじゃないですよ」
矢野はうつむいたまま涙をこらえていた。
「皆も食べて平気だったじゃないですか」
彼の言葉に周りも賛同したことで、矢野はやっと落ち着きを取り戻したようだった。
残念ながら、麻美が元気を取り戻したのは翌日になってからだった。
柳田の外出が昼にかかり、その日は社員食堂に来なかったのである。
盛大なため息の中、塔子は苦笑いしてリュウのお手製弁当を食べた。
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