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幽霊執事の家カフェ推理 第四話・マーメイドのパルフェ12

表向きは車に嫌がらせを受けた被害者である室田は、何事もなく職場にい続けた。均が彼らを告発しなかったのだろう。イヴのことを考えると、そうするよりも一刻も早く関わりを断つ方が良いと考えたのかもしれない。

ハーブティーのなくなった社員食堂を見るたび、塔子の心には暗雲が立ちこめた。麻美も持ち前の明るさが、なりを潜めているようだった。

帰り道、冷たく澄んだ空気を肺に入れると、塔子はモヤモヤを放出するように長く吐き出した。

イルミネーションが北の暗い冬を照らしている。ここ数年でリニューアルしたクリスマスライトは、どこか毒々しかった華やかさから、洗練された美しさに変わっていた。

塔子は青く広がる光の海を通って家路についた。イヴが柔らかな声で暗唱していた、リトルマーメイドを思い出す。

 

 

 

塔子が帰ると、リュウはいつもどおり玄関にピシッと立っていた。沈んだ心を察しているようで、穏やかな笑顔で頷きかけてくる。塔子も少し表情を和らげた。

自分に直接関係のあることではないが、室田や香苗が何の罰も受けずにいる理不尽は、塔子の中で喉のつかえのように引っかかっていた。

コートを預けながら思わず気持ちを吐き出す塔子をなだめ、リュウは中にエスコートした。

「・・・すごい」

テーブルの前に立った一瞬、重荷が吹き飛んだ。美しくセッティングされた食卓を、塔子は目を丸くして見つめた。

柔らかい照明の下、白で統一されたお皿の周りにカトラリーやワイングラスが並んでいた。中央にはミラーに載せたクリスタルの小さなツリーも飾られている。数年前に目を奪われて買ったものの、どこかにしまいこんでそのまま忘れていたものだ。

ツリーは、温かみのあるライトの光を受けてキラキラと輝いていた。

「もう、来週はクリスマスでございますね」

リュウはシャンパンのハーフボトルを器用に開け、グラスに注いだ。

それから温めたスープ皿を満たすと、塔子の前に置いた。

遠くからでもエビの香ばしさがわかる。炒めた殻で、きれいに色づいたビスクだ。

塔子はシャンパンをクイッと飲み、心地よく息をついた。スープをすくうと、大きなエビが姿を現した。トロリとした濃厚な風味とプリプリした歯ごたえが食欲を刺激する。

温野菜のサラダをはさんで、リュウは牛肉の赤ワイン煮も出してくれた。

「おいしい・・・もうクリスマス来ちゃったね」

思わず笑顔になった塔子を見て、リュウは嬉しそうにお辞儀をした。

「まだでございますよ。クリスマス当日は、ローストチキンをご用意いたします」

塔子は笑って頷いた。

リュウが選んでくれた、こっくりしたワインに牛肉はぴったりだった。

メインの後、リュウはカフェインレスのコーヒーを淹れ、小さなタルト・タタンを置いた。もともとは失敗から生まれたフランスのお菓子だったっけ、と考えながら塔子は口に運んだ。

アーモンドパウダーで作られたタルト部分は、クッキー生地のタルトよりも軽い食感で食べやすい。シナモンをたっぷり使うアメリカ風のアップルパイとは、また違った甘酸っぱさを塔子は気に入った。このおいしさが失敗でできたなんて、なんだか前向きになれそうな話だ。

「ねえ」

行儀が悪い自覚はあったが、テーブルに肘をついて塔子はリュウに声をかけた。おいしい料理とワインで、帰ってきたときに比べてだいぶ気分が上向いていた。

「イヴくんのお父さん、どうしてあそこに来たの?」

思えば、現れたタイミングも絶妙だった。

リュウは目を伏せた。

「は。その・・・まあ、それは・・・いわゆるお告げというものですな」

リュウと数か月接していて、もはや塔子はそれを胡散くさく思う感覚をなくしていた。普通に受けとめ、コーヒーを飲む。

「私としてはすごく良かったと思うけど、リュウ前に言ってたよね。生きてる人間の行動に直接関与できないって」

彼にとって、ギリギリのラインがお告げだったのだろう。

今回のみならず、イヴを香苗に任せがちな父親の枕元に、リュウは何度か通っていたという。

でも、どうしてそこまでと塔子は訊いた。

リュウは、ちらっと塔子を見た。いつもの物静かな目は、少し照れたような色を含んでいた。

「・・・わたくしにとって、他人ごとではございませんでしたゆえ」

ややうつむいたその顔を、塔子はごく最近見たような気がした。もしや、という思いを聞き出せないまま、カップの中の暗闇とともに飲み込んだ。

塔子はリュウから目を離し、窓を眺めた。カーテンは閉まっていたが、その先にはふわふわした雪が降り積もっているのだろうかと思った。

「きっと明日はまた、銀世界でございますね」

リュウが嬉しそうに言った。

 

 

 

クリスマスイヴの前日、塔子と麻美はカフェ・ハニービーでお茶をしていた。あれからなかなか足が向かなかったのだが、大志がクリスマス前にぜひ二人を招待したいと言ってくれたのだ。

大志は、ソフトクリームでクリスマスツリーを象ったパルフェを出してくれた。色とりどりの細やかなフルーツがオーナメントのように並んでいる。

つくづく彼の作品とは思えない、かわいらしく凝った飾りつけだった。

麻美と塔子は、感嘆の声をもらしながらぱくついた。大志はその反応を満足げに見ていた。

「少しディスプレイ変えたんだね」

雑貨好きの麻美は、奥のショップに目を留めて言った。

ハチミツのボトルや輸入の小物がメインだった棚に、きれいな色の袋が新しく置かれていた。もっとたくさんあったのだろうが、欠品しているようで場所がスカスカに空いている。

大志はニヤリと笑った。

「おー、それな。新商品だけど、すごいんだよ。出したら即売れ。飲んでみる?」

二人が頷くと、大志はキッチンの奥からガラスのティーポットを受け取った。沸かしたてのお湯を注いで蒸らした後、やがて淡い若芽色のハーブティーがカップを満たした。

塔子はその香りに、はっとした。麻美も一口飲んで目を丸くしている。

「これ・・・」

二人は揃って立ち上がり、ショップのパッケージを見た。

かつて社員食堂にあったハーブティーは、名前をつけられて商品になっていた。

「イヴの夢」

パッケージにはイヴが描いた絵がついている。塔子が最初に目を奪われた絵だ。スキャンしたものをシールにプリントして、貼ったようだった。

ブルーともパープルともグリーンともつかめない、オパールのような色。

その幻想的な世界の中、人魚が水面の光に手をかざしている。周りを熱帯魚やイルカが自由に泳いでいた。ぼんやりとしたシルエットで姿ははっきりしないが、とてつもなく美しかった。

「クリスマスギフトにもすげえ売れたんだよ、それ」

大志はそう言うと、キッチンの奥からイヴを連れてきた。もしやと塔子は思っていたが、正式に雇ったようだった。

「うちの新人くん、将来有望っしょ。画家だしブレンドの天才だし」

確かにイヴのハーブティーは、誰もがおいしいと感じる優しい味だ。

アート風のパッケージもセンスが良く、塔子もこれは売れると一目で思った。

「親父さんも、ちゃんとイヴを迎えに来るようになりましたよ」

「そっか・・・良かった」

塔子はほっとしてイヴに笑いかけた。

大志はカウンターに寄りかかり、ニッと笑った。

棚の反対側には、イヴが描いた絵の本物が何点か飾ってあった。

「絵も増えたら、ここギャラリーにしてうちで売ろっかなって。イヴにもしっかり儲けてもらわねえと」

・・・やるじゃないか、素人蜜屋の若旦那。

塔子は大志の発想力に改めて感心した。イヴの才能を活かせる環境を用意し、利益をちゃんと本人に還元するという点にも。

塔子は壁の絵を眺め、惜しみなく賞賛した。

「イヴくん、すごいね。私この絵すごく好きだよ」

中でもグラデーションの青だけで描かれた、水面から顔を出すスナメリの絵には不思議な魅力があった。

麻美は、夢のようにピンクがかった空間で、アコヤ貝がパールを抱く絵が気に入ったようだった。

「ほんと、すてき・・・どうやったらこんなに綺麗な色が出せるの?」

イヴは相変わらず首を傾けて、上目遣いでこちらの様子を窺っていた。

が、塔子と麻美の言葉を聞いて、ほんの一瞬だったが口角を上げた。

塔子は彼の笑顔を、このとき初めて見た。麻美や大志も同じかもしれない。驚いたようにイヴを見ている。

緩やかに横に広がる口元は、イヴ自身が描くスナメリの笑顔に似ていた。

そして、塔子には気がついたことがある。イヴは笑うとリュウにそっくりだった。

塔子は、あの夜リュウが「他人ごとではない」と言った意味を今、ひとり納得していた。

きっと今もここにリュウは来ているだろう。

彼も、笑っているだろうか。

塔子は見当違いかもしれない、明後日の方向を見上げた。

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