幽霊執事の家カフェ推理 第三話・友情のクロケット1
塔子は、買い出しの前に例のイタリアンカフェに寄った。少しのつもりがついのんびりしてしまうことも多いけれど、それも休日の醍醐味だと思っている。こういうときは、やっぱりワインだ。
塔子は、ワインと一品のセットをオーダーした。オーナーは微笑むと、
「ラッキーですよ。今日のおつまみ、すごくおすすめです」
そう言ってキッチンを振り返った。あの店員が、何かをサックリと混ぜている。
「気まぐれで作ったみたいなんですけど」
確かに前はオリーヴだとか生ハムだとか、シンプルなタパスがついてきた気がする。手がこんだおつまみはこの店では見たことがない。
他の客もカフェとしてスイーツを食べにくることが多いし、主力はそちらなのだろうと思っていた。
やがて、あの店員がグラスワインとおつまみの皿を同時に運んできた。
皿を置く一瞬、塔子を見てフニャッと笑う。前髪を分けているせいか、いつもより少しシャープに見えた。
塔子は半分だけ笑いかけて軽く頭を下げた。あの接客にはどうも慣れない。
グラナ・パダーノというチーズに衣をつけて揚げたおつまみは、セットとは思えないボリュームがあった。さっそく一つ口に入れると、熱さに思わず息を吸い込む。でも落ちつくと、それは感動のため息に変わった。
衣はカリッと硬いのかと思いきや、外はサクサク、中は少しふんわりした食感だ。そこから熱々のチーズがホロリと出てくる。
北イタリアのものらしいワインにもよく合った。そのまま食べてもおいしいし、バルサミコ酢の小皿が添えられていて、それをつけるとまた味が変わる。
・・・あの店員、変わっているけど、ただ者じゃない。
塔子はワインを飲みながら一人頷いた。
ドアベルの音に目を向けると、斉木千枝子と千晶の親子が入ってきた。
先日と似た光景に、塔子は一瞬戸惑う。つい最近、ここで二人に会ったのだ。
千枝子が微笑んで会釈してきたのも、千晶が手を振ってくれたのも、この前と同じだった。塔子も慌ててそれにならう。
あの店員がキッチンからこちらを覗いたが、千晶を見てさっと引っ込んだ。少なくとも、塔子はそう感じた。
オーナーが親子をこの前と同じテーブル席に案内する。カウンターより奥にある開放的なスペースで、自然と塔子から見える席だ。
千枝子はメニューをめくりながら、
「千晶、アイスでいいの?」
「うん」
今日の千晶は、スケッチブックを持っていた。クレヨンでせっせと何か描いている。
千枝子は愛おしそうにそれを覗き込み、
「さっきの続き?」
「違うよ。これはきょうすけくん」
千晶の言葉を聞いたとき、千枝子の顔が一瞬止まったように塔子には見えた。あまり見るのも悪いと思い、目を伏せてワイングラスを取る。
親子の会話は楽しそうに続いていた。
「ねえママ」
「ん?」
「帰り、あのぬいぐるみ屋さんいきたい」
「また?」
千枝子は笑った。
そういえば数か月前に近所で、ぬいぐるみ専門店がオープンして話題になっていた。子ども向けのおもちゃはもちろん、大人のコレクター向けに、珍しい動物や高級輸入品も揃えているらしい。
「千晶、結局この前、欲しいの決められなかったでしょ」
「今日は決めるから」
千晶はクレヨンを動かしながら言った。
「ママ、きょうすけくんのも買って。おそろいがいい」
「きょうすけくんは、ぬいぐるみいらないでしょ」
やはり、「きょうすけくん」という言葉が出ると、千枝子を取り巻く空気が少しこわばった気がした。
「いるの」
「だってきょうすけくんは、ぬいぐるみ持ったりできないでしょ?」
「いるんだもん」
そのときちょうどオーナーがジェラートと千枝子のケーキセットを運んできたので、論争は熱くならずに済んだようだった。
千晶もおとなしくスケッチブックをしまう。
塔子は外野で一人、ほっとしながらワインを飲んだ。オーナーとのんびり雑談しているうちに、もう一杯頼んでしまう。
昼下がりにこうしていると、本当に恵まれた時間だと思えた。秋の冷たさを帯びた、柔らかい日差しもちょうどいい。そう、ちょうどいいのだ。
千枝子たちはしばらく穏やかにおやつタイムを過ごしていたが、やがて千晶が
「きょうすけくんにもアイスあげたいね」
と言いだした。
「そうだね。でもほら、溶けちゃうから今日は千晶が食べちゃおう」
千枝子はうまくいなして、笑顔を向けた。しかし目は心配そうに娘を見ている。
千晶がトイレに立つと、彼女はしばらくぼんやりとカプチーノを飲んでいた。が、塔子と目が合うと遠慮がちにカウンターに来た。
「すみません、騒々しくて」
「いえいえ、楽しそうでこっちも和んでます」
塔子は笑みを返して言った。
「千晶ちゃん、仲のいいお友達がいるんですね」
「え?あ、ああ・・・きょうすけくんのことですか」
「すみません、聞こえちゃったんで」
千枝子が戸惑うのがわかり、少し気まずくなって塔子は声を落とした。
しかし千枝子の方は穏やかな声のまま、
「千晶の、想像上の友達なんです」
と言った。自然に聞こえるように、あえてさらりと言ったという感じがした。
イマジナリーフレンド。何で知ったかは忘れたがその言葉を思い出し、塔子は少なからず驚いた。千晶は活発で、友達には困っていないように見えたからだ。
だが、千枝子は苦笑いを浮かべて言った。
「学校のお友達とうまくいってないみたいで・・・千晶に言わせると、みんなまだ子どもだから、なんて」
「きょうすけくん」は頭が良く大人びていて、千晶と気が合うのだという。
はじめは千枝子も、学校の外で新しい友達ができたのだろうと思っていた。他の子どもたちは、誰も「きょうすけくん」を知らないようだった。
だが、そのうちに妙だと感じ始めた。どこで遊んだのか千晶に聞いても、夜の部屋だったり子どもが遊ぶとは思えない場所だったりと、理屈に合わないことが多い。
千晶が前にしきりに主張していた公園の散策路にも、父親がついて行ったことがあったが、「きょうすけくん」は見かけなかったという。
「きょうすけくん、推理ごっこが好きなの」
いつの間にか千晶が戻ってきていた。急に後ろから声をかけられて、やましいことがあるわけでもないのに塔子はギクリとした。
千枝子も、千晶のいないところで勝手に話してしまったことに気づいて、ばつの悪そうな顔をしている。
千晶は勝手に話題になっていたことには無頓着なのか、得意げに言った。
「だから森では隠れて捜査してたんだよ」
「そうなんだ」
頷きながら、塔子は楽しそうなお友達だねと言った。推理ごっこという言葉から、つい明後日の方向に目がいく。
「それでぬいぐるみ使おうと思ったのに」
と、千晶はさっきの話を再び始めた。
「わかった。じゃあ、この前言ってた千晶のぶん一つ買ってあげるから、それ貸してあげなさい」
千枝子が観念したように言うと、千晶は塔子ににっこり笑いかけた。
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