幽霊執事の家カフェ推理 第三話・友情のクロケット2
塔子は帰り道に、そのぬいぐるみ屋に寄ってみた。
ものすごく興味があるというほどではないが、以前テディベアの展示会には行ったことがある。
クラシカルな外国の小店といった感じの外観は、大人でも入りやすい。
が、中に入ると塔子は圧倒された。色とりどりの子犬や子猫、うさぎなどが何百体も整列している。目を輝かせる千晶の姿が頭に浮かんだ。
奥の陳列ケースには、年代物の高価なテディベアもディスプレイされていた。専門店らしく、よく見るとカワウソやテン、極楽鳥、タスマニアンデビルなど、かなり変わった動物もある。
さらりと眺めるつもりが、もの珍しくてあれこれ見てしまった。
店を出てから、買い出しをしそびれたことを思い出した。
もう自宅の方が近い。今さら戻るのも面倒だ。空が低く、日の傾きが早いこの季節は帰巣本能にとらわれる。
塔子は行く予定だった大きめのスーパー(品数が多く、リュウはここが良いと主張する)を諦め、通り道にあるもう一軒の店に足を向けた。
スーパーを変えた影響は特になかった。
リュウは塔子の買ってきた挽肉を見て、嬉しそうに微笑んだ。冷蔵庫に残っていた玉ねぎやしめじを、リズミカルに刻み始める。
「何作るの?」
「は。一風変わったライスカレーを、と思いまして」
ライスカレーという言葉を、実際に聞くのは初めてだ。やっぱり昔の人なんだなあと、こういうときに実感する。
厳密に言えば、ルーとごはんが別盛りなのがカレーライスで、ごはんにルーがかかっているのはライスカレーらしい。その定義でいくと、塔子が日常で食べているのはライスカレーだということになる。
・・・あっているじゃないか。
塔子は少し頬を緩めると、着替えに寝室へ向かった。
リュウの言う、「一風変わったライスカレー」は、キーマカレーのことだった。彼は氷の入ったグラスを塔子の席に置いた。
「ライスカレーには、ワインよりウィスキーソーダでございます」
ハイボールのことだろう。そういえば昔の海外ドラマでビリヤード遊びの後に、紳士たちがウィスキーソーダを注文するシーンがあった。
すっきりしたハイボールは、確かにカレーにぴったりだ。
「知ってるねえ」
塔子は思わずにやりとした。リュウもいたずらっぽい笑みを返してきた。
見れば氷は丁寧に削ってある。手をかけた氷は、製氷機から出したばかりのものと違い、ツルリとして美しかった。ハイボールの味わいも滑らかに感じられる。リュウは塔子の好みを知っていて、濃いめに作ってくれるので、香りもいい。
塔子は飲んで頷いた。ひと息でかなり減る。
それから、熱い湯気をあげるキーマカレーを口に入れた。
市販のルーを使っていない、独特なドライ感が食欲をそそる。ごはんもそれに合わせて、パラパラした食感に仕上げてあった。
スパイスがたっぷり効いた、清涼感のあるカレーだ。辛みも強い。
リュウなら昔ながらの欧風カレーを作るかと思っていたので、塔子は少し驚いた。あのタブレットで研究したな、と思った。
「すごい、おいしい」
塩味はそう強くないのに、具材の味がしっかりしていて濃い。
リュウはお褒めの言葉に微笑んだ。
「塔子さまはあのカフェがお気に入りでいらっしゃいますな」
「あ、見てた?」
昼も飲んだのだから、夜はお酒は控えめにと言いだすつもりだろうか。
塔子はつい警戒してグラスを手に取った。
「は。近ごろはかわいらしいお知り合いとご一緒のようで」
リュウは、たしなめる気はないようだった。それで塔子も表情を緩めた。
「そうそう、千晶ちゃんね。前に千枝子さんと雑貨屋さんで会ったんだけど、覚えてくれたみたい」
話題を杯数から遠ざけようと、塔子は振られた話に飛びついた。さりげなく空にしたグラスを押し出す。
「・・・イマジナリーフレンドって、リュウ知ってる?」
「きょうすけくん、のことでございますか」
リュウはその意図を知ってか知らずか、手早くおかわりを作ってくれた。
スッと一度だけ混ぜて丁寧に塔子の前に置く。
塔子はさっそくグラスに口をつけてから、
「うん。ああいうのって、自分でこういう友達がいたらいいな、って本当に想像してるのかな」
現実にはいない理想の友達。千晶にとっては「きょうすけくん」 がそうなのだろうか。別段おかしいわけではないが、自分の子ども時代を思い返すと、女の子の友達の方がしっくりくる気がした。
「は。恐れながら、医学に関しましてはわたくし、わかりかねるのでございますが」
リュウは恭しい仕草で炭酸水を冷蔵庫に戻しながら言った。
「本日は、きょうすけくんがいたような気がいたしました」
「・・・は・・・?」
丁寧な言葉でいきなり打ち込まれ、塔子は間の抜けた声しか出せなかった。リュウは姿勢を正して追い打ちをかけてくる。
「あのお嬢さまが、きょうすけくんと名前を呼んだとき、お店の中で反応する魂と申しますか、その何らかの気配を感じたのでございます」
「え?いや、ごめん、ちょっと待って」
つい塔子は手を前に出していた。
「じゃあ、あのときカフェに、その・・・きょうすけくん?その子がいた・・・ってこと?」
だが、カフェの客は塔子たちの他に仲睦まじそうな老夫婦、あとは女性客のグループ数組しかいなかった。
「それとも」
言いかけてから、違和感で急に背すじが寒くなる。自分は何を言うつもりだったのだろう。
「は。まあ、単に子どもと申し上げてよろしいものか、そのあたりは微妙なところでございますが・・・なにぶん気配だけでございましたので」
「ちょっとやめてよ、夜にこんな話」
自分から話し始めたことも忘れて塔子は抗議した。リュウは慌てて、追加のハイボールを作って出した。
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