幽霊執事の家カフェ推理 第三話・友情のクロケット4
コトリと静かに置かれたハーブティーを、千枝子はうつむいたまま見つめた。
千晶は来ていないと聞いた瞬間、店を飛び出そうとした彼女をオーナーが引き止めたのだ。
「パパさんには、連絡されたんですか?」
ご主人とか旦那さんと呼ぶのは抵抗があるのか、オーナーはそう訊いた。
千枝子は、
「まだです・・・仕事で遅くなると電話があったものですから」
細い声でそう言うと、頭を下げてハーブティーをすすった。
塔子はその様子を、声をかけられないまま見つめていた。
夫から、ちゃんと見ていなかったと責められることを恐れているのだろうか。
別に彼女の夫がそういうタイプだと聞いていたわけではない。
むしろ先日、父親が千晶を散策路に連れて行ったことを千枝子は話していたし、子育てを丸投げする印象はなかった。
だが、実際に周りから責められることはなくても、ついそう考えてしまう気持ちはわかる気がした。
塔子は、そっと言ってみた。
「私も、良かったらお手伝いします。どこか心当たりは、その・・・公園とか」
「公園はもう二時間以上探したんです。他に千晶が行きそうなところも」
千枝子は顔を上げずに首を振った。
「・・・私が、あの子の言うことを否定しちゃったから」
「もしかして、きょうすけくんのことですか?」
唐突な問いだったが、千枝子は妙には思わなかったらしく、ええ、と頷いた。
そのとき、カウンターの奥で物音がした。オーナーが会釈して席を外す。
あの店員が何かを持って来たようだった。
「休みなんだし、明日で良かったのに」
いつもどおりの彼女の声が聞こえる。
「段ボール?いいけど、何に使うの?そんなの」
あの店員が答えなかったのか、声が小さいのか、とにかく返事は聞こえなかった。帰り際に、キッチンからちらっとこちらを覗いたが、塔子や千枝子を見ても、いつもの会釈もせずに急いだ様子で引っ込んだ。
すぐに、裏口から出て行く気配がした。
塔子は、はたとダリオ・マキアートのカップを見下ろした。
・・・探偵ごっこ。きょうすけくん。
「あの、ちょっとすみません」
連絡しますね、と二人に声をかけて塔子は店を出た。支払いを忘れたことには、しばらくたってから気づいた。
あの店員は、長い脚でスタスタと夜道を歩いていく。
脇にたたんだ段ボール箱を持っているのが見えた。
少し離れて追っていた塔子は、隣で黒い影が並行して動いていることに気づいた。
「ちょっと!何やってんの?」
「は。塔子さまの警護を」
リュウが塔子の真横に沿って歩いていた。
「いいから消えてよ」
「あの方でしたら、そこの角を曲がりましたが」
「え?」
前方にあった店員の姿がない。塔子はリュウを睨むと、慌てて足を速めた。リュウもぴったりとついて来る。
「あの方が、千晶さまの行方をご存知だとお考えで?」
「わからないけど、そんな気がしたの」
足音を殺して角を曲がると、あの店員の後ろ姿が見えた。塔子は息を弾ませながら小声でリュウに説明した。
「きょうすけくん」という言葉のあと、リュウが店内で感じた気配。大人びていて、推理ごっこが好きな「きょうすけくん」。千晶たちを見て、さっと引っ込むあの店員。逃げるように運ぶ、大きな段ボール箱。
些細な事実を拾い集めた結果、塔子はあの店員こそが「きょうすけくん」ではないかと考えた。
カフェに千晶が来たとき隠れたのは、恥ずかしいからなのか、それとも他にやましい理由があるのかは、わからない。
だが、あの段ボール箱には不吉な予感がした。人間が、いや子どもなら、入る大きさに見えたからだ。
塔子は、まさかと首を振った。
そこへ、
「・・・あの、塔子さま」
リュウが言いにくそうに口をはさんだ。
「恐れ入りますが、千枝子さまのおっしゃっていた、千晶さまのお言葉については、その・・・あの店員の方が千晶さまと夜に家で遊んでいた、となりますと」
いろいろと問題が、と語尾を濁す。
「・・・ああ、確かにね」
それは考えなかった。が、塔子はすぐに答えた。
「それは千晶ちゃんの夢だったんじゃないかな。本当に家に忍び込んだなんてことは、さすがにないと思うし」
リュウは塔子の話になぜか困惑したような表情で、何も言わずにそのまま並走していた。
あの店員は急いでいる様子で、マンションに入って行った。少し迷ったが、塔子も続いて入り口の前に立った。
ガラス戸から覗くと、エントランスまでは入れるが、その先にはポストとオートロックの機械が並んでいる。表札は一枚もついていない。典型的な、単身者向けマンションといった印象だ。
中がよく見えず、そっと覗いていた塔子はギクリとした。スーツを着た、ふくよかな中年女性がけげんそうに出てきたのだ。
「何してるんですか?」
彼女は、たたんだ段ボール箱をもっている。さっき店員が抱えていたものと同じくらいの大きさだった。
「あの、今の方って・・・」
塔子は恐る恐る訊いた。
「は?ここに住んでる人ですけど」
女性は手早く段ボールを組み立てながら、塔子に訝しげな視線を送る。
「小さい女の子とか・・・一緒ではないですよね?」
「はい?」
女性の声が甲高くなった。いよいよ怪しまれている。
そのとき、横の階段から軽やかな足音とともに例の店員が現れた。
ポストを見そびれて降りてきたらしい。
塔子を見て驚いたようだった。垂れ目が大きく見開かれている。眼鏡をかけていない分、よりソフトに見えた。
その姿を見たとたん、女性の顔色が華やいだ。愛想よく店員に笑顔を向ける。
今だ、と塔子は彼女に向かって一気に話した。
「実は知人のお子さんが、まだ家に帰ってなくて。探してるんです。そちらの方のカフェにときどき来てる子だったので、今お見かけしてつい」
そう言いながら、店員に会釈する。
かなり苦しい説明だが、店員も塔子に会釈を返したので、女性は警戒心を解いたようだった。
「あ、そうだったんですか・・・それは心配ですよね。早く見つかるといいですね」
優しく変わった声に見送られながら、塔子はもう一度頭を下げてそのマンションを出た。リュウが慰めるような笑みを浮かべているのが、妙に気に障った。
足早にカフェに向かう。
振り返るとあの店員が、エントランスから顔を出してこっちを見ていた。それからスマホを取り出して通話を始めた。
戻る途中で、リュウは突然声をかけてきた。
「塔子さま」
彼の示す先に目をこらすと、だいぶ離れたところに子どもがいた。二人で歩いている。遠目に女の子のポニーテールが揺れるのが見えた。
塔子は走って二人を追いかけようとしたが、
「あ、リュウ。ありがとう、いったん消えといてね」
我にかえって指示を出した。
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