幽霊執事の家カフェ推理 第三話・友情のクロケット5
全速力で走ってきた塔子に、千晶はびっくりした様子で振り返った。
だが、すぐ嬉しそうに手を振った。
「千晶ちゃん」
塔子は呼吸を整えながら声をかけた。
それから、隣にいる男の子を見る。これが「きょうすけくん」なのだろうか。
千枝子が言うイマジナリーフレンドではなく、実在する友達だったということか。
ともかく、塔子はスマホでカフェに連絡して千晶が見つかったので連れて行くと伝えた。
オーナーは安堵し、それからさっきあの店員が店に電話してきたと言った。
怪しまれたのかと内心焦ったが、店員は塔子から子どもを探していると聞いて心配してくれたらしい。他人に関知しないように見えて、意外と優しい人なのかもしれない。
通話を終えて、塔子は二人の子どもを見た。
「千晶ちゃん、お母さんね、心配してこの辺りずっと探し回ってたんだよ。あのカフェで待ってるから、行こう」
しかし千晶は隣にいる少年を見て首を振った。
「いいよ、行かなくて」
「え?」
まさかまだ母親に対してむくれているのだろうか。こういうとき、子どもには何と言ったらいいのか。戸惑う塔子に、千晶は言った。
「だって、もううちの近くだもん」
カフェに再度連絡し、千枝子が来るまで塔子はマンションの前で二人に付き添っていた。千晶は鍵を持たずに飛び出したので、中に入れないらしい。
少年も一緒に待つことにしたのか、帰る気配はない。
「あなたがきょうすけくん?」
塔子が訊くと、彼はこっくり頷いた。
「家は近くなの?千晶ちゃんはお母さん来るから、あなたもおうちに・・・」
よく見ると、この気温には少し寒そうな格好だ。塔子は何か貸せるものはないかと思ったが、あいにく手袋もストールも置いてきていた。
少年は、小学校高学年くらいに見えた。さすがに女性もののコートを羽織るのは嫌がるだろう。
「いいよ、千晶ちゃんが家に入れるまで待つから」
その言葉からは、彼なりに千晶を思う男らしさが感じられた。
それ以上言うのも気がひけたので、塔子は黙った。よく考えたら、彼を一人で帰すのも良くない。
二人を見ながら、塔子はなぜ千枝子が「きょうすけくん」をイマジナリーフレンドだと思ったのかが、心に引っかかっていた。
彼を見たことがないというだけで、そういう発想にはならないと思う。
夜中に遊んでいると、あり得ないことを聞いてそう思ったのか。
だがそれなら、単に千晶が「きょうすけくん」と遊ぶ夢を見たと考えるはずだ。夢というのはおかしなシチュエーションも当たり前のように出てくるのだから。
うまく消化しきれない疑問が、頭の片隅に居座っていた。
走ってきた千枝子は、千晶を見るなり思いきり抱きしめた。
「どこ行ってたの」
「歩いてたら迷っちゃった」
もう、と千枝子は千晶の背中をポンポンとたたいた。それから塔子に世話をかけたことを詫び、隣にいる少年を見た。
「ママ、きょうすけくんだよ。うちまで連れてきてくれたの」
千晶の言葉に、千枝子は窺うように塔子を見た。塔子は微笑んで、千枝子に頷きかけた。
「言ったでしょ、嘘じゃないって」
千晶の声は母親を責めるようではなかった。少し得意げに笑っている。
「うん」
千枝子はもう一度、千晶を抱きしめた。
「疑ってごめんね、千晶」
間違いを認めて子どもに謝る姿を見て、塔子は感心した。親という立場にいると、なかなかしないことだと思ったのだ。
千枝子は千晶を離すと、少年に
「きょうすけくん、本当にありがとう」
と笑顔を向けた。少年は照れたように首を振った。
千枝子は千晶を覗き込み、
「・・・じゃあ千晶、おうち開けるからちゃんと中で待っててくれる?」
千晶が頷くと、千枝子は少年に向き直った。
「おうちはどこ?あなたも子どもなんだから、送っていくわ」
「いいです。すぐそこなんで」
はきはきとした話し方で、少年は斜め向かいのマンションを指差した。
そのまま軽く頭を下げて走りだす。ここから距離は多少あるが、真っ直ぐな道なので見通しはいい。
それでも千枝子は、子を持つ親らしく心配そうにしていた。
「あ、私が送ります」
とっさに塔子は言った。
千枝子は恐縮していたが、千晶ちゃんといてあげてくださいと告げ、小走りに通りに出た。
が、道路を渡る前にリュウに止められた。
塔子は慌てて辺りを見たが、親子は家に入ったらしく通行人もいない。
ほっと息をついて、
「何よ」
「追ってはなりません」
「え?何言ってんの?」
リュウの目はいつもどおり穏やかだが、有無を言わせぬ色を帯びていた。彼がこんな顔をするのは初めてだ。
少年がどんどん離れていく。
塔子は迷ったが、結局はリュウの言うままに足を止めた。
一方、少年は指し示していたマンションに元気に入っていった。
後日、塔子は報告がてらイタリアンカフェに行った。
オーナーはすでに千枝子からお礼の挨拶を受けていたらしく、無事で良かったですねと微笑んだ。大ごとに感じさせないこのさりげなさが、千枝子のことも救っただろうと塔子は思った。
それから塔子は思いきって、あの店員が「きょうすけ」という名前なのかどうかをオーナーに訊いた。必死で食い下がる自分の姿に、リュウの苦笑いが見えるようだ。
しかし内心、この点はあっていたのではないかと思っていた。このままでは、きまりが悪い。
が、
「いえ・・・あの人、名前は倫巳ですけど」
少し困惑したオーナーの笑顔が、あっさり希望を打ち砕く。
「トモって呼んでます」
そのとき、本人がワインとタパスを運んできた。聞こえていたのか、首をかしげて塔子を見ている。
「秋庭倫巳。ともみの字は、倫理の倫に、蛇の巳ね」
オーナーは保護者のように、ポンと店員の背中をたたいた。
モラルある賢者の名を持つ店員は、一瞬戸惑いながらもフニャッと笑って塔子に会釈した。塔子も慌てて、先日は失礼しましたと頭を下げて名乗った。
それからオーナーがあっと声をあげ、
「今さらなんですけど私、今宮江美里です」
そういえば、これだけカフェに通っていたが、お互い名前は知らなかった。
なんとなく妙な空気のまま自己紹介しあう形になったが、このことで親近感が増した気がした。
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