幽霊執事の家カフェ推理 第二話・疑惑のパイ包み8
翌朝、塔子は村上慎一と裏口で会った。今日は彼が主導する企画会議がある。
「おはようございます」
人懐こい笑みを浮かべ、村上はセキュリティを解除した。
「柳田さん、治って良かったね」
「ですね。出張は残念だったけど」
「まあ、柳田さんならまたチャンスはあるよね」
塔子は言った。
村上は先に塔子をビルの中に通した。
「やっぱり手作りのものは危ないですね。僕も食べましたけど、自分だったかもしれないし」
彼は笑い混じりの声で言った。が、塔子が黙っているので、やがて窺うように顔を上げた。
「矢野さんのケーキのせいじゃないんですか?」
戸惑ったような笑顔を向けてくる。
塔子は足元に視線を落とした。
「そういえば出張の前の日、柳田さんと鍋したって言ってたね」
村上は、屈託のない様子で頷いた。
「ええ、実家から牡蠣送ってきたんで。大量でしたけど、なんとか二人で完食しましたよ」
「あなたは大丈夫だった?」
「え?」
「食中毒」
瞬間、相手の笑顔がこわばった。
「え、ええ・・・はい」
「そう」
塔子はそれ以上何も言わなかった。プレゼンがんばってねとだけ告げて、場を後にした。
オフィスに入っても、塔子は村上が来るのを直視できなかった。柳田が彼にいつもどおり楽しげに話しかけているだけで、心がざわついた。
自分には関係ないし、どうしようもないことだとわかっている。それでも苦いものが心の中に沈殿するのを感じた。
昨夜リュウと話したときはまさかと思ったが、彼の顔色がすべてを物語っていた。
さっき塔子にしたように調子良く話しながら、加熱の足りない牡蠣を柳田の器に盛りつける村上の姿が浮かんだ。
柳田本人は、ひょっとしたら牡蠣に心当たりを感じているかもしれないが、同期の好意に対して指摘するとは思えない。食中毒は、たまたまの不運だと思っているはずだ。まさか村上が自分に悪意を向けたとは、考えもしないだろう。
真実が葬られたままで、彼らの友情は続いていくのかもしれない。
その日の企画会議は散々だった。
村上は心ここにあらずという状態で、質疑応答でもまともに答えられないまま、しどろもどろにプレゼンを終えた。
彼の先輩がフォローしてその場はおさまったものの、形になったとはとても言えない。
塔子は何とか気持ちを切り替え、責めるような色を表情に出すつもりはなかった。しかし村上は終始、塔子から目をそらし続けていた。
一方、柳田は来月の出張が決まった。彼の不在を残念がった先方が、ぜひと希望し、部長とともに改めて訪問することになったのだ。
彼の企画を部長が見せたところ、えらく感激したらしい。
次は腹を壊すなと皆に言われ、柳田はきまり悪そうに笑った。が、改めて意欲を燃やしているようだった。
それを塔子から聞いた麻美が、一度は喜んだあと、またため息をついたのは言うまでもない。
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