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弱音を吐かない二人──恭子と(少年と)私。
恭子と出逢ってから、私は弱音を吐くのをやめた。いや、もう誰にも弱音は吐くまい、と心に決めたから、恭子に出逢えたのかもしれない。
はじめて恭子の姿を見たのは、海を望む茅ヶ崎のカフェだった。前日までの雨は見事にあがっていて、海面にはきらきらと煌めく光の道が伸びていた。青空に散らばる秋のはじまりの雲を眺めながら、「海が私を歓迎してくれてる」と彼女は笑った。
初対面でも、臆さず、よく笑い、天真爛漫にふるまう恭子の姿に、私は少し翻弄されつつも、徐々に惹かれはじめていた。彼女は容姿も美しかったが、それ以上に、内側からあふれるその眩しさに、私は実際、太陽を直視するように目を細めていた。
やがて恭子と共にする時間が増えてくると、彼女のその天真爛漫な眩しさの奥には、精神的に自立した静かな強さと、黙して語らないやさしさがあることに気づきはじめた。もちろんそのさらに根底には、ささやかではあったが、彼女の傷や痛みも見え隠れした。
今思い返せば、恭子に限ったことではなかったのかもしれない。これまでも、私の人生に深く足を踏みいれてくれた女性たちは皆、私のようにペラペラとなんでも口にしたりしなかったが、ものごとの本質を見抜き、私の抱える弱さやいくばくかの傷を見つけ、けれどそれを言葉にすることなく、黙して見守り、支えてくれていたような気がする。馬鹿な私が気づかなかっただけで……。
私も、恭子も、弱音を吐こうとはしなかった。だが、言葉にしないからこそ、お互いが抱えているそれを感じとることができた。私たちはよく、黙ったまま、見つめあった。彼女はやがて照れ笑いを見せたが、心では泣いているのがわかった。私はそれに救われる思いがした。
恭子の静かな強さとやさしさは、世界や他者に対する不満や憤りを自分の心にしまって、孤独のポケットに入れて、自分自身の足で立ち、生きるのだ──、という強い意志からきていた。
そしてそんな恭子といると、まだまだ彼女ほど地に足がついていない私でも、少なくとも以前よりは、自分の弱さや情けなさを心のポケットに大切に持ちながら、強くやさしくあろうとしているのだ──、という、ささやかな自信を抱くことができた。
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ある晩、いつものように恭子と何度かのLINEのメッセージ交換をし、ソファに全身をあずけてあたたかな気持ちで安らいでいると、ふいに心臓をぎゅっと掴まれ、そのままとてつもなく強い力で潰されてしまうような感覚に陥った。
私は刹那、ひさしくなかった発作的な恐慌が訪れたのかと身がまえ、愛しさとやさしさに包まれた気持ちからの落差に驚いたが、それでも落ちついていることができた。落ちついてはいたが、まだなにか不安と焦燥が全身に渦巻いていて、なかなか消えてはくれなかった。
私は、まだ、恐れている──。
唐突にそのことに気づいた。そして、私の内側には、まだ癒されていない傷を抱えた少年がいるのがわかった。幸福に包まれたとき、少年はそっとその存在を私に感じさせるのだ。僕はここにいるよ──と。
私は少年と同化しないように気をつけていたが、流れを止めることはできなかった。様々な記憶が奔流となって流れだした。それは私が忘れていた、無意識に蓋をしていた、隠蔽し抑圧していた少年の記憶だったが、あるいはいつの間にかつけ加えてしまった想像かもしれないし、ただの幻想かもしれなかった。
子どもの頃、私の家には知らない女と中学生くらいの知らない男の子がいた。私が一人で遊んでいると、女が部屋に入ってきて不意に私を怒鳴りつけた。女の悪意はどかどかと床を踏み鳴らす足音とカーペットの振動で私の神経に伝わり響いた。幼い私には何が起きているのかわからなかった。なぜ呼んでいるのが聞こえないのかと罵倒され、ご飯茶碗に入った冷たいうどんを食べさせられた。私は茶碗に描かれたウルトラマンのイラストだけを凝視し、泣きながらそれを食べた。食べ終わると女は私をトイレに閉じこめた。鍵は内側から開けることができたが、それをしてはいけないことは幼い私にもわかった。夕暮れに父が帰るまで私はそこで窓から差しこむ光の角度が変わっていくのを見つめながら過ごした。光の帯に埃が浮遊し、ちらちらと午後の陽光を乱反射させていた。私はそれを美しいと感じた。少なくともその時そのトイレは私にとって安息の場所だった。男の子はエアガンのライフルの銃口を私に向け、針を仕込んだ弾が私の太ももにめり込み、血が溢れ、流れつづけ、私はやがて死にいたるのだという話をにやにやしながらねっとりとした口調で克明に話しつづけた。弾には実際には針は仕込まれていなかったし、私に命中もしなかったが、部屋中に跳ね返り血痕のように散らばっていた。スーパーで迷子になって泣いていると、しばらくして女と男の子が笑いながら階段を上がってきた。泣いている私を見て笑う二人はとても愉快そうで、こんなことで泣いている自分のほうがおかしいのかもしれない、と私は考えていた。私を蹴る女の足指にはオレンジ色のペディキュアが見えて、私は大人になるまで女性の足の爪にペディキュアが塗られているのを見ると吐き気をもよおした。あの女は実母だったのかもしれないし、私の知らない父の女だったのかもしれないが、今となってはどうでもいいことだ。親類の家にあずけられた私は、家畜の名で呼ばれ、掃除の時間が遅れるとやはり怒鳴りつけられた。疲れて夕飯を食べずに眠ってしまい、夜中に腹を空かせて目を覚ますと、キッチンテーブルの下にしゃがんで音をたてないようにジャムパンを食べさせてもらえた。私はいつも怯えていた。いつダスキンの棒で叩かれるかもしれない。この家から追い出されるかもしれない。行く所は他になかった。父の邪魔をするわけにはいかなかった。嫌われるかもしれない。棄てられるかもしれない。それだけは避けなければならない。私の居場所はないのだから。私はトイレに逃げこみたかったが、この家にはあのトイレはなかった。私はいつも怯えていた。世界は凍てついていた。しかしやがて、私はそのようなことに驚かなくなっていた。この世界はそういうものだと、ようやく私は知ったのだった。
気づいたら私はなぜかトイレにいて、あれからもう四十年も経っていて、一人で嗚咽していた。
私は虐待されていたわけではない。私より酷いことをされた子どもなんていくらでもいる。私など恵まれていた。むしろ僕はしあわせなんだ。世の中にはかわいそうな人がもっとたくさんいるんだ。僕はかわいそうなんかじゃない。僕は絵がうまいし、僕は人を笑わせるのが得意だから、僕は人に好かれるし、僕は元気だし、僕は嫌われないし、僕には友だちがいるし、僕は……。
私はずっと、自分にそう言い聞かせて、本当の気持ちに蓋をして、上から砂をかけて見えないようにして、なかったことにして、今日の今日まで生きてきたことを、その晩ようやく悟った。私の内なる少年は、四十年間ずっと、私の心の奥底で傷ついたままだったのだということを。
そのとき私は、独りでよかった、と心底から感じていた。独りになれてありがたい、とすら感じていた。独りだからこそ、こうしていい歳になった大人が、過去を振りかえって泣くことができているのだ。誰かがいたら、私は涙を堪えただろうし、思い出したりもしなかっただろう。
恭子に話せば、彼女は寄りそって一緒になって泣いてくれただろう。けれど私はそうしないと決めていた。だからこそ、私は私の中で、傷ついた内なる少年の声を聴くことができたのだった。
私は一人、溢れる涙を拭いもせず、心の裡で叫び声をあげていた。それは長い人生ではじめてのことだった。他の誰がなにをされたとか、自分のほうがマシだとか、僕には関係ないじゃないか。僕は苦しかった。僕は怖かった。哀しかった。寂しかった。誰もいなくてつらかった。寄りかかる人がほしかった。安心できる居場所がほしかった。痛かった。身体の外側も内側も、いつも痛くてたまらなかった。苦しかった。言いたいことを言えなくて息ができなかった。呼吸なんてしたくなかった。苦しかったんだ。どうして誰も助けてくれないんだ──。
そこまで想いが溢れると、私はふしぎと落ちついていた。
敗戦後の焼け野原に立っているような、すべてがゼロからはじまるような、どこか清々しい思いすら抱いていた。私はもう、誰かに助けてもらわなくても生きていけるくらい、強くなったのだ。あの痛みがあったからこそ、私は今、強くやさしい人間になれているのだと。
私の内なる少年は、まだここにいる。完全に消えたわけではない。いまだに、自分はいつか大切な人に見捨てられるかもしれない、自分の居場所なんてどこにもないのかもしれない、と思う瞬間はある。私はだから心の裡で少年を抱きしめてやる。少年はいる。消えなくていい。いていいんだよ。ずっとそこにいればいい。私はそう思うと、彼がようやく安堵の眠りにつくのを感じた。
恭子との出逢いが閉ざされていた心の扉の鍵を開け、私は扉の奥に隠れていた──私が無意識にあのトイレに幽閉していた──少年に再会することができた。恭子がいなければ、私はそこに彼の姿を見つけても、彼に近づき、肩を叩き、語りかける勇気を持つことはできなかっただろう。
恭子のように、他者はときに私を支え、私の勇気となり、私を突き動かす原動力となり得る。
けれど、最後に本当の自分に出会えるのは、自分だけなのだ。いつの間にかなかったことにしていた弱い自分がいることを認め、許し、労り、愛することができるのもまた、自分だけなのだ。
私は、肚の底から湧きあがる静かな強さと力を感じた。私は、もう、大丈夫だ。私はこれからまた、他者のために生きてける──そしてそれは結局のところ、私のためであり、ひとつのすべてのためなのだ。この静かな強さを、人はきっとやさしさと呼ぶのだろう。
この世界は、幼い私が知ったような世界ではない。いつも何かに怯えて生きるような、闇夜に心が凍てつくような、そんなものでは決してない。幸福になってはいけない人間など、この世界には誰一人いないのだ。
あのトイレの模様の入ったすりガラスから、形を変えながら差しこむきらきらした夕暮れの光の帯と、そこに浮遊する虹色の埃の隕石群を、私は今でも美しく思いだす。あれはやはり私の安らぎの場所だったのだ。そして今、それはどこにでもあると、この世界に安らいでいいのだと、私はようやく、そう感じている。
幼い私には恐ろしくてトイレのドアを開けることができなかったが、鍵は開いていたのだ。世界はいつも開いていた。
誰もが心の中に幼い少年や少女を抱えている。でも、その傷や痛み、孤独や寂しさは、私たちを強くするし、強くしてきたし、これからも強くしていく。誰だっていつかきっと、ドアを開けられる日がくるはずだ。
今日も陽光が私の書斎に溢れている。犬が散歩に出たくてその瞳を輝かせている。波の音と、近所の子どもたちがはしゃぐ声が聞こえる。ここにいない恭子の笑顔が脳裡に浮かぶ。午後には、また彼女に会える。世界は美しく、私は生きている。