ビジネスと効率とワークライフ
効率が上がっても、仕事はなぜか増えるばかりです。8時間かかる生産活動が4時間になっても、競争原理が働いて2倍生産することになるだけ。
ビジネスの世界には生産性と効率が求められ、利益の最大化のために競争を繰り返します。
言語化できないものは存在しないのと同じ。人の感情は無視されます。観測不可能なものは取り扱えないし、それに言及することも馬鹿らしい。
一つ一つ論理を展開して効率、利益の最大化を求めて生産活動を行うのは、少しつまらないかもしれません。
そうした活動は、少し人間的な活動から外れている気もします。
私たち人間は小さい時には遊んでいます。どうでもいいと思えることしかしません。おもちゃで遊んだり、おままごとをしたり、そのうちルールを決めた方が面白いのでは、と考えたのかドッジボールとか、いろいろなスポーツをしたりします。虫を探して遊んでいたけれど規則に則ってよくわからない勉強をしたりして、自ら進んでやるのはではなく軍隊的に勉強をさせられたりします。そして大人になったらどんどんルールで縛られてなぞのビジネス活動をしていきます。そして老人になってビジネスをやめると効率など考えずにまた遊び始めます。
こうしてみると、一番活動的な時期に生産とか効率とかを追い求めて競争して、より窮屈になっていき、長時間労働で苦しめられ、不自由になっていく。もちろんそうでない人もいますし、ある程度バランスのとれた生活を送っている人も多いでしょう。が、これが全体最適された幸せな世の中かというと、どうでしょうか。
科学とか論理とか、もちろん面白い側面も沢山ありますが、それらはビジネスその他生産活動における武器であって、そうした武器を子供たちに身につけさせるように教育するのが学校であるならば、どんどん不自由になる人の方が多いでしょう。頭の中の自由を奪われ、知識人やマスメディアが流してる情報を鵜呑みにしてそれを知らない人を馬鹿にし、論理的な思考ができることを武器あるいは武器に見えるように気取ってマウンティングをする人も見受けられます。ネット上のコメントを見ても会社での会話を聞いてもそんなことが結構あります。
なのでそうした社会を前提として気をつけながら過ごさないといけない。これを当たり前として生き残ったり競争することだけに必死になるというのも、大切ですがほどほどに、中庸を心がけていかないといけないと思います。
と、少し真面目で哲学的なことを書いてしまいました、今日はこの辺で!ありがとうございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?