3分でわかるクロスウェーバー
7月16日、JAXAシンポジウム2019 「JAXA Begins New Era」が開催されました。
パネルディスカッション「宇宙開発とサブカルチャー “宇宙と創造力のランデヴー”」の中で、「宇宙開発は性善説」という文脈で「クロスウェーバー」という用語が飛び交っていました。JAXA國中理事がわかりやすく解説されていましたが、具体的にはどういうことなのでしょうか?
クロスウェーバー=お互いに責任追及しない
クロスウェーバー(Cross Waiver)は、責任追及できる権利をお互いに放棄することです。
例えば、ロケット打上げ事業者が何らかの不注意で打上げに失敗し、搭載していた衛星もろともロケットが爆発してしまった場合、衛星メーカーなどの打上げをお願いしていた人に損害が発生します。
通常であれば(法律の原則としては)、そのような人はロケット事業者に対して損害賠償を求めることができることになります。
しかし、これを徹底すると失敗によって多額の損害賠償をしなければならないリスクが高まり、事業者としてはリスクが予想できないし、新規参入しようという意欲も削がれてしまいます。宇宙ビジネスというただでさえチャレンジングな領域でこのような取扱いをしてしまうと、むしろビジネスが停滞するという不都合が大きいのです。
そこで、打上げ契約書などには「事故が起きてもお互い責任追及しません」という文言を入れ、自損自弁で進める形態が取られます。これをクロスウェーバー条項といいます。
ISS計画のケース
クロスウェーバーの概念が登場するのは打上げ契約だけではありません。
1980年代にISS計画が始まったとき、参加国間で国際協力に関する協定であるISS政府間協定(Inter Government Agreement:IGA)が取り決められました。ISSのIGAについてはこちらも併せてご覧ください。
IGAには、計画中に事故などが発生し参加国間で責任問題が発生した場合の取扱いが定められ、ここでクロスウェーバーの概念が登場します。
ISS計画の国際協力をスムーズに進めていくため、もし事故が起きてもお互いに責任追及をしないことにしたのです。また、参加国だけでなく、メーカーなどの関係者にも損害賠償請求ができないようにされており、民間の協力に支障が出ないようにもされています。
商業宇宙打上げ法のケース
アメリカでは、日本で宇宙活動法が作られるよりもだいぶ前からロケットの商業打上げに関する法律「商業宇宙打上げ法」が制定されています。
前述のように、打上げ契約はクロスウェーバー条項を設けるのが通常ですが、アメリカではそもそも法律でそのような取扱いが規定されています。
歴史的には、NASAがサービス契約で導入し、その流れで商業宇宙打上げ法を作る時に採用されたようです(参照:宇宙ビジネスのための宇宙法入門第2版146p)。
例外=「性善説」が成り立たない場合は適用されない
もちろん、クロスウェーバーがなされているからといって好き放題して良いという訳ではありません。全ての権利が放棄されるのではなく例外があります。
例えばISSのIGAでは、わざと引き起こされた損害についての請求や、特許侵害といった知的所有権に関する請求は放棄の対象に含まれていません。
JAXA國中理事が仰るとおり、宇宙開発は「性善説」で成り立っており、クロスウェーバーはその一つの現れなのです。
つまり、「性善説」が成り立たないのであれば、クロスウェーバーも成り立たないというわけです。
参考:
・宇宙ビジネスのための宇宙法入門第2版 小塚荘一郎・佐藤雅彦