いいじゃんおばさん

志村けんはドリフや自身のコント番組で、数多のキャラクターを演じたが、僕が1番好きなのは「いいよなおじさん」である。

山はいいよなぁ〜。
ポップコーンはいいよなぁ〜。
待合室はいいよなぁ〜。

ストーリーもクソもなかったように思うが「いいよなおじさん」が、いろいろなモノコトに対して「いいよなぁ〜」と言い続けて、周囲の女性を気持ち悪がらせる。

ただそれだけの狂気じみたキャラであり、コントである。しかしめちゃくちゃ印象深い。

昨年末、会社の同僚と4人で飲んでいて、2軒目行きつけの居酒屋へと移動していたら、後輩が相当に年季の入ったスナックの前で立ちどまり、気になるな…と言って扉を開けた。

いらんことすなや!と思ったが時遅し。カウンターが7席ほどとコンパクトだがガラガラの店内。いらっしゃ〜い、とママらしき人から言われ、もう入るしかなくなり4人でカウンターに腰掛けた。

時折あえての昭和レトロを売りにしているスナックもあるが、こちらはストロングスタイル。ママは60代後半だろうか、ジャージのようなお召しものをまとっていた。

店に入った瞬間に気がついたのだが、換気が悪いのかなんか店がジメっとしており、ほのかに生臭さもあった。僕は臭いの類に弱くて、ママに申し訳ないからバレないように気をつけつつ、ちょいちょちえづきながら酒を飲んだ。

早めに出たかったが、なぜか後輩がカラオケを歌いはじめ、歌い出したらそこそこ盛り上がってしまう。ほぼ同世代の同僚なので、歌う曲もみな共有できるから、こうなりがちではある。

そこにこちらも60代と思われる、常連っぽいおばさんが入ってきた。入ってきた瞬間に「この人やばいな」とわかるほど泥酔していた。

僕がカウンターの1番入口側に座っていたため、おばさんは僕の隣に座ることになった。ママとなんだか話しているが、泥酔しすぎてママも何を言っているか理解できてないようだった。

僕にも何かしら話しかけてきて、応対はしたのだが、支離滅裂。そしてよくよく表情をみると目が完全に決まっている。怖い。関わりたくない。極力おばさんの方を振り向かないためにも、歌い続けることにした。

小沢健二を歌い、Dragon Ashを歌い、クレイジーケンバンドを歌う。その最中、隣でおばさんがずっと何か言っているので聞くと。

いいじゃん、いいじゃん。

いいじゃん、すごくいいじゃん。

いいじゃん、いいじゃん、全然いいじゃん。

歌っている最中、そして歌い終わった後、ひたすら「いいじゃん」と言ってくれていた。

ガンギマリの目で、いいじゃん、なかなかいいじゃん、と150回は「いいじゃん」をいただいた。

僕はいつしか志村の「いいよなおじさん」を思い出しながら歌い続けた。「いいじゃんおばさん」は、もう会話をできる状態にないが、ひたすら僕の歌を聞いて「いいじゃん」と言い続け、もはやおばちゃんに「いいじゃん」と言ってもらうために歌ってる気にさえなった。

なんだかんだでえづきながらも3時間近く滞在し、店を出た。

後輩が「めっちゃ、いいじゃん、って言われてましたね。これ、ワンナイトあるかと思った」と言ったので、本当に腹がたった。翌日は二日酔いなのか、心身もたれて終日気分が悪かった。

しかし、ふとしたときに、いいじゃんおばさんのことを思い出してしまう。あまり人から褒められる年でもなくなったからだろうか。何かの折に脳裏によぎる。

いいじゃん、いいじゃん、すごくいいじゃん。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?