
『自分の意見で生きていこう』ちきりん/ダイヤモンド社
社会派ブロガーちきりんさんの最新刊『自分の意見で生きていこう』を読みました。
なぜ世の中に対して意見を持つべきなのか。自分で自分の人生を生きていくには意見を持つ必要がある。じゃあそもそも意見って何なのか。ということが書かれている内容でした。
反応と意見の違い
その中でもとくに大切だと思ったことは「反応」と「意見」の違いです。反応と意見の違いを理解していないと自分が意見を言っているつもりで反応しかしていないという状況に陥り結果的に自分の人生を生きていけなくなってしまう。そもそも問題には答えがある問題と答えのない問題が存在します。
答えがある問題 → 〇・✕をはっきりとつけられるもの、調べると答えが分かるもの。
答えがない問題 → 〇・✕がなく、調べても答えがないもの。
社会に出ると答えのない問いばかりです。
いつ結婚するのか?転職すべきなのか?子育てはどうすればいいのか?
本来、上のような問題は答えがないく正解などありません。しかし、意見を持つという習慣がない人は答えを持っていそうな人の答えを正解だと信じてしまいます。
本や動画にあるのは1つの意見であて正解ではありません。意見を持たないでいるとその正解っぽいものに反応してしまいます。
ちきりんさんの言葉を引用するとまず意見とはポジションを取るものであって、ポジションが分からないものは反応で、それはその人が考えたものではない。
(例)
転職すべきか
・今は我慢してまで仕事を続ける必要なんてない。嫌なら転職すればいい。
・転職すべきかどうかは家庭の状況などいろんな要因によって変わるから一概には言えない。
・今の日本の雇用形態では終身雇用のほうがまだ多いんだから、転職せずに続けるべきだ。
この中で意見は最初と最後で2つ目は反応です。反応はいっけんもっともらしくも聞こえますが、何の決断も出来ませんというのと同じです。
社会では答えのない問題に対して自分で意見を出し続けていかなくてはなりません。意見とは間違いなどないのに意見を言うと、間違っているかもしれないと思ってしまう。
これは学校で受けてきた教育がおおいに関係しています。
学校で教えられる価値観
学校では正解がない問いであるはずなのに、正解があるかのように振る舞うことが求められることが多くあります。
学校の中では本来だと正解がない「いい子とはどんな子か?」という問いに対して暗黙のうちに正解が出されています。テストで100点を取る子、真面目に宿題をやる子、授業中に積極的に発言をする子、先生や親の言うことを聞く子、行事に率先して参加する子などが代表的な正解と思われていることです。
正解のない問題であっても正解することが求められていくうちに意見をなくして反応ばかりしてしまうようになってしまいます。
これって本当にそうなんでしょうか?「いい子はどんな子か?」という問いに答えはありません。
学校にとって都合のいい子、工業化社会にとって都合のいい子が「いい子」だとされてしまっている気がします。校則を守らないいい子と言われると多くの人が違和感を持つと思います。
校則を守る → いい子
校則を守らない → いい子ではない
というのが正解だと思いこんでしまっています。学校で意見を言うことの大切さを理解してもらうためには、まずは教師が意見をいうとは何なのかを理解し、意見を言う練習、意見を作る練習をしていく必要があります。
職員室、教室に置いておきたい1冊です。