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文芸誌「群像」のオリジナル仮名書体について山田和寛さんにインタビュー

シリーズ「CSS Nite Shift13 補遺」#1

昨年2019年12月に開催されたセミナーイベント「CSS Nite Shift13」の「フォント」セッション(*1)にコンテンツで協力しました。

このnote「補遺」は連動企画として、セッションでは時間の兼ね合いで割愛したものの、ぜひ紹介したい2019年のタイポグラフィの題材を掘り下げ、フォローアップとして紹介していきます。

第1回は、2019年12月7日発売の1月号でリニューアルした文芸誌「群像」(*2)のための本文用オリジナル仮名書体「NPMぐんぞう」を制作された、装丁家で書体デザイナーの山田和寛さんにお話を伺いました。

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—— 一般に雑誌や出版物のための和文オリジナル書体は過去にも事例(*3)がありましたが、「文芸誌のためのオリジナル書体」という稀有なフォントを制作された経緯を教えてください。

山田「リニューアルを担当している川名潤さんと飲みの席で、川『今「群像」のリニューアルの作業をしているんだけど…』、山『書体作りましょうか〜?』的な些細な会話の流れでやることになりました。それでうちに昔つくったきり販売していなかった仮名書体があって、それを見せたら『これでいこう』となり、ブラッシュアップして『ぐんぞう』となりました。」

―― 毎号、書体デザインに手を入れ少しずつアップデートしていくという前代未聞の試みと伺いました。

山田「『前代未聞』の試みになったのは、そういうワークフローを組める媒体と人材がたまたま揃ったからということではないでしょうか。編集部、エディトリアルデザイナー、書体デザイナー、DTPの現場の関係性が密でフットワークが軽くないとできない試みです。しかもそれが講談社という大手版元の商業誌、しかも文芸誌で実現できたことも素晴らしいと思っています。この書体は特に完成までの期間を決めずに、完成度が上がりきるまで、というかデザイナーである自分が納得いくまでやる。くらいにしか決めてないです。たぶんある程度の完成度になったらウェイトを揃えたり、ゴシックを作ったりしてファミリー化に向かうのではないでしょうか。」

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――「NPMぐんぞう」のように依頼主のある書体制作は、ふだん山田さんがnipponiaからリリースするフォントと制作工程に違いはあったでしょうか。デザインの川名潤さんとの間で仕上がりイメージの確認はどうされてたでしょうか。

山田「弊レーベルから出している他の書体とは特にデザインの工程に差はありませんが、ディテールを決めすぎずに、エンジニアリングも最低限で納品するというのは珍しいかもしれません。川名さんからの最初のオーダー『精興社書体(*4)のような雰囲気で仮名はやや大きめ』という方向性だけ共有して、細かいところは僕の独断で作っています。もともとベースとなったうちの仮名書体の雰囲気が精興社書体の“匂い”をまとったものだったので、我々の間では齟齬はまったくなかったです」

―― 雑誌という紙媒体のための書体ならではのデザインでとくに注意された点があれば教えてください。CSS Niteの参加者の多くはウェブ制作者なので、画面媒体との違いに関心があると思いました。

山田「オフセット印刷の特性上、用紙や印刷機、インキの盛り具合、etc….によって同じ本の中でも太さは繊細に変わってしまうので、刷り上がりを確認するまで実際にどの程度の太さで出力されるか分からなかったです。今回は事前に書体のテスト印刷もなくぶっつけ本番だった割にうまく漢字(游明朝体R (*5))と馴染んだと思っています。初めから13級という小さめのサイズで使うことはわかっていたので、起筆の打ち込みを強調したり、はっきりさせるべきところをはっきりさせるという意図をもってデザインしました。ただし、仮名書体である以上、合わせる漢字書体と太さやフトコロの大きさなどは揃える必要がありました。というか作りたい仮名に合わせて漢字書体を選びました。ただ個人的には本文書体(13〜14級程度で使うもの)はもう少し横画が太い、コントラストが少ないデザインの方が目に馴染むかな〜とは思ってます。今のオフセット印刷ではシャープなものはシャープなまま出力されてしまいがちなので、そういう出力環境に対応させることのできる漢字書体はいずれつくりたいです。Postscript+CTPワークフロー(*6)に真剣に向き合わないといけないわけですよ。」

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―― 山田さんは本文用書体を制作される際に、書体の主張や存在感はどのように向き合われてるでしょうか。

山田「まず自分の人生と比べてひとつの本文書体の耐用年数はかなり長いわけで、100年は持つことを念頭に置いてます。本を装丁するときも〈タイムレス〉というのは意識していますが。なので本文書体はなるべくあらゆる時代の読者を想定して、読書の妨げにならないものが理想だと思っています。装丁家としてもそういう意図で書体選びや書籍のフォーマット設計をしています。なんせ読書好きなんで、読みたい本がやたらと目に引っかかるフォントで組まれているとちょっとイライラするんですよ…もちろんフォント選択だけじゃなくて、レイアウト、組版設定に依るところも大きいので、書体を使う側は総合的に判断して本文組をしてほしいです。いち読者として。やたら派手に『カッコいいでしょう?好きでしょ?こういうの』と主張が激しいものより『うちはぜんぜんこだわってませんよ』というツラで実際には細かく考えられて手が行き届いているシンプルなものの方が好きなんですよ。そういうものの方が長く残ると思っています。」

—— 今後も進化し続ける誌面を楽しみにしています。山田さん、ありがとうございました!

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山田さんの「読書の妨げにならないものが理想」について、CSS Nite主催の鷹野さんのShift11(*7)のまとめで、フォントを選ぶデザイナー側としての言葉「適切なフォントを選択するとフォントの存在感は消える」を思い出しました。自分も読者としては、フォントのことを意識しないとテキストを読むことに専念できると感じていて、山田さんの作り手としての誠実な姿勢(長期的視点、読者起点)に共感を覚えました。装丁家、書体デザイナー、またグラフィックデザイナーとして分野を横断して活躍されてる山田さんですが、各々に造詣が深く、それらを総合した知見があるからこそ「NPMぐんぞう」を実現できたと感じました。

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山田和寛 (Kazuhirio Yamada)
www.nipponia.in
装丁家、文字・グラフィックデザイナー。多摩美術大学を卒業し、松田行正氏に師事。その後、書体メーカーMonotypeで初代和文書体デザイナーとして「たづがね角ゴシック」に携わる。2017年6月に装丁家・文字/グラフィックデザイナーとして独立。 nipponia主宰。

新書体「NPRクナド」を2020年2月3日にリリース。 仮名書体「NPGクナド」の丸ゴシック版フォント。
https://nipponia.shop/items/5e37f3a4cf327f27351bc331 

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脚注

*1 CSS Nite
CSS Nite(シーエスエス・ナイト)は、Web制作に関わる方のためのセミナーイベント。「Shift」シリーズは毎年年末に開催、その年のウェブ制作シーンを振り返るもので、カテゴリーは「マークアップ」「アクセシビリティ」「ツールと制作環境」「デザイントレンド」「フォント」などを扱う。
「Shift13」は2019年12月21日(土)に開催され、300人以上が参加した。

「フォント」セッションは「おさえておきたい文字まわりのトレンド 2019」として、2019年にリリースされた新書体、Webフォント導入事例など、フォント/文字にまつわるトレンドを紹介。プレゼンタは「フォントおじさん」こと関口浩之氏と、主催者でもある鷹野雅弘氏のコンビ。

「CSS Niteについて」
 http://cssnite.jp/about/
「CSS Nite Shift13『ウェブデザイン行く時代来る時代』」
https://cssnite.jp/lp/shift13/ 

*2 文芸誌「群像」
『群像』(ぐんぞう)は講談社が発行する月刊文芸雑誌。1946年10月に創刊し講談社で最も歴史のある雑誌。群像新人文学賞を主催し、野間文芸賞と野間文芸新人賞の受賞発表も行う。群像新人文学賞は、村上春樹、柄谷行人、村上龍、高橋源一郎、多和田葉子などの作家・評論家を輩出。2020年1月号(2019年12月7日発売)からリニューアル。ロゴデザイン=鈴木哲生、本文仮名書体=山田和寬、デザイン=川名潤+六月。ロゴも毎月デザインが変化していく。
「講談社 群像 公式サイト」
http://gunzo.kodansha.co.jp 

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*3 雑誌や出版物のための和文オリジナル書体
デジタルフォントとしては、雑誌「AXIS」の誌面のための「AXIS フォント」や、書籍の組版の会社「キャップス」の書体などがある。

●AXISフォント
AXIS誌の紙面のために開発された専用書体。創刊20周年に誌面リニューアルした93号(2001年9・10月号)より使用。書体デザインはType Project。フォントの販売もされている。
「AXIS (雑誌) - Wikipedia」 
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=1107715#書体
「AXIS font | オンラインショップ | 株式会社アクシス」
https://www.axisfont.com/  
「AXIS Font | Type Project | タイププロジェクト」
https://typeproject.com/fonts/axisfont

●「キャップス」の書体
株式会社キャップスが組版の可能性を広げるために自社用に開発した本文用かな書体。文麗仮名、蒼穹仮名、流麗仮名、文勇仮名、の4書体を出版物の性格にあわせて使い分ける。書体デザインは鳥海修(字游工房)。
「キャップス オリジナル仮名書体」
 http://www.caps-font.com/index.html

*4 精興社書体
精興社書体(せいこうしゃしょたい)または精興社タイプは、岩波書店や福音館書店のDTPや印刷を手がけている印刷会社「株式会社精興社」が開発した明朝体。精興社での印刷時のみ使用可能なためフォントの販売はされていない。1930年から3年かけて君塚樹石の技術協力により開発された明朝活字だったが、近年のDTPの普及に伴い、OpenTypeの精興社書体が開発された。

「精興社書体|技術・サービス|株式会社精興社」
https://www.seikosha-p.co.jp/service/font.html
「精興社 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=1402238
「文字と楽園 - 本の雑誌社の最新刊|WEB本の雑誌」
http://www.webdoku.jp/kanko/page/486011406X.html

* 5 游明朝体
游明朝体(ゆうみんちょうたい)は2002年に発売された字游工房初の独自書体。「時代小説が組めるような明朝体」をキーワードに、単行本や文庫などで小説を組むことを目的に開発した游明朝体 Rを核とした明朝体ファミリーを構成。「游明朝体 R」のRは5種類あるウェイトのひとつ。細い順に、L ライト、R レギュラー、M ミディアム、D デミボールド、E エクストラボールド。

「字游工房|JIYUKOBO | 游明朝体ファミリー」 
http://www.jiyu-kobo.co.jp/library/ymf/
「游書体 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=3344654#游明朝体

*6 CTP
CTP(Computer To Plate)とはオフセット印刷でDTPデータから製版フィルムを介さずに直接、刷版に焼き付ける方法。フィルムを介さないためシャープな印刷品質が得られる。DTPが普及後もしばらくはデータを製版フィルムに出力してから刷版に焼き付けていたため、CTPに比べると文字の細部のシャープさや網点の再現性はわずかに劣っていた。なお、アナログ時代のオフセット印刷の工程は、写植を貼りこんだ版下から製版フィルムを介し何段階も光学的に露光を重ね写真製版し刷版に焼き付けていたため、例えば文字の細部が微妙に滲んだり、太さが変わったりしていた。PostscriptをベースにしたDTPとCTPの組み合わせにより、光学的な滲みの無い、格段にシャープな表現が可能になった。その反面、活版活字を含むアナログ時代の印刷物の柔らかい読み心地に比べ、文字のシャープさはどう読み手に貢献するのか、書体制作では課題意識が持たれることも多い。

*7 Shift11
2017年12月16日(土)ベルサール半蔵門 イベントホールで開催したCSS Nite Shift11「Webデザイン行く年来る年」。『おさえておきたいフォントまわりのトレンド2017』セッションでは鷹野 雅弘(スイッチ)と関口 浩之(ソフトバンク・テクノロジー/現 SBテクノロジー)のお二人が登壇。

「CSS Nite Shift11(6)「フォント」鷹野 雅弘(スイッチ)、関口 浩之(ソフトバンク・テクノロジー) | CSS Nite公式サイト」 https://cssnite.jp/archives/post_2975.html
「スライド(PDF)」 
https://cssnite.jp/lp/shift11/followup/CSSNite-Shift11-s6-font.pdf 

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関連リンク

FONTPLUS DAYセミナー Vol. 23(2020/01/15)
山田和寛さんが登壇、「NPMぐんぞう」の紹介も。
FONTPLUS DAYセミナー Vol. 23「『愛のあるユニークで豊かな書体。』 フォントかるたのフォント読本]— 書籍発売記念セミナー — 山田和寛さんと語る書籍制作裏話とフォントデザイン」
https://fontplus.connpass.com/event/159971/
ツイートまとめ - Togetter
https://togetter.com/li/1456061 

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取材と脚注作成:良太郎