極夜行 著・角幡唯介 文芸春秋社
「白夜」はノルウェーをはじめ、北欧諸国で夏季に体験できるとして、ツアーに組み込まれているような人気の高いものですが、「極夜」についてはどうでしょうか。
北欧からさらに北へ進み、グリーンランドの北緯79°のあたりでは冬の約4か月間にわたって、一度も太陽が昇ってこない真っ暗闇に包まれます。これが極夜です。
チベットの峡谷に人類未踏の地である「空白の5マイル」を記したことで、処女作にして開高健ノンフィクション賞を受賞した著者は、35歳から40歳でキャリアの金字塔を打ち立てるというかねてからの信念をこの「極夜」に賭けるわけです。面白くないはずがありません。
そうはいっても、現地人との出会い、ご当地グルメの堪能、そこでしか見ることのできない景色というオーソドックスな紀行文学を彩る三要素は、まるで記されていません。
北緯78°から79°の極寒を、氷床とツンドラがただ退屈なまでに続く中を進んでいく旅路は常に真っ暗闇で、また常に孤独なわけです。
世間一般の感覚でいえば、決して魅力的に映るわけではない「極夜」を、自身が最も重きを置いている時期に選んだのはどういうわけでしょうか。
きっかけは、今から一世紀前に競うように南極を目指したイギリスのスコット隊員が残した旅行記であったといいます。曰く、南極で最も辛いのはその寒さではなく、暗闇であると。実際、現地のイヌイットたちにとっても冬の極夜期間は試練であり、文字通り精神を病む人が多いそうです。
やはりそれだけ、人間にとって太陽の光はかけがえのないものであり、紛れもなく体を形作る要素であると言えそうです。それもそのはず、地球は一方的に太陽からエネルギーを受け取り、その変換によってあらゆる生命体が命を宿しているわけです。
著者はそんな手強い極夜行を5年以上前から構想し、デポ(食糧庫)の設置など万策を尽くして臨むわけですが、そんな準備が水泡に帰すようなアクシデントに見舞われ、暗闇で一人立ち尽くす場面もあります。
果たして、4か月ぶりに出会う太陽は著者にとって、人間にとってどのように映るのか。人生とともにあり続けてきた太陽を再発見する旅は、読み応えたっぷりの代えがたい作品として仕上がっています。