拝啓、がんになる前の貴方(じぶん)へ
「拝啓、がんになる前の貴方(じぶん)へ」
貴方はいつも、自分が死ぬことを恐れていますね。自分という存在が無に帰すことに、恐れおののいていますね。
大丈夫、どんなに怖がっても、確実に貴方は死ぬのです。いつかはわからないけれど。がんになって、貴方はそれを覚悟するでしょう。
「拝啓、がんになる前の貴方(じぶん)へ」
貴方はいつまでも、自分の大切な人とずっとそばにいられると思っていますね。目の前のその人との別れなど、想像したこともないでしょう。
でも、人と人との間には、いつか必ず別れる日がやってきます。だからこそ、一緒にいられる今この瞬間に、全身全霊でその人を愛してください。
「拝啓、がんになる前の貴方(じぶん)へ」
貴方はいつだって、将来を夢見ていますね。「何になりたい」とか。「何が欲しい。」とか。若々しくて、僕は決して嫌いじゃないですよ。
でもね、人生に将来とか過去とか、そんなものはないんです。あるのは今だけです。ほら、貴方が高校時代に好きだったブルーハーツのボーカル、甲本ヒロトさんもこう言っていますよ。
将来の夢ではなく、今その瞬間の夢にときめく人生を送ってください。
「拝啓、がんになる前の貴方(じぶん)へ」
貴方はどこかで、ひとの親切を素直に受け取れないでいましたね。優しさを受けることに、どこかためらいを感じていましたね。
それは、貴方が人に十分に与えず、人に与えられてばかりいたからですよ。これからは人に多くを与える人生を送りなさい。そうすれば、貴方はひとの好意を素直に受け取れるようになるでしょう。
「拝啓、がんになる前の貴方(じぶん)へ」
貴方は毎日、何かしらに怒っていましたね。バスがなかなか来ないとか、駅のホームで肩がぶつかったとか。
怒っても、いやな気分になって損するのは自分ですよ。己への執着を捨ててください。目の前に起こっていることを、ただそのまま見つめていられるような、そんな穏やかな生き方を、少しずつ目指して下さい。
「拝啓、がんになる前の貴方(じぶん)へ」
貴方は、カフェやコンビニの店員さんに挨拶をできる自分が偉いと思っていましたね。でも、それは幼少期に、尊敬するおばあちゃんが、挨拶をきちんとすると褒めてくれていたからではないですか。
挨拶は、言われた相手が少しでも幸せな気分になれることを願ってするものですよ。貴方の「ありがとうございます」は、ほんとうの意味で、相手に向けられていましたか。
「拝啓、がんになる前の貴方(じぶん)へ」
同じように、貴方が食事の前に唱える「いただきます」は、ほんとうの意味での「いただきます」でしたか。
貴方が今「死にたくない」と思っているのと同じように、貴方が今食べている生き物たちも、そう思っていたのではないですか。貴方はいのちのつながりの中で、一生懸命支えられて生きているのですよ。そのことへの感謝が、貴方の「いただきます」にきちんと込められていましたか。
「拝啓、がんになる前の貴方(じぶん)へ」
貴方は心のどこかで、血のつながりのない友人よりも、血のつながりのある肉親の方が大事だ、と思っていませんか。
がんになって、わかるでしょう。貴方のことを最高に心配してくれるたくさんの、血のつながりのない友人たちがいることを。そして、親の愛だって無条件な「血のつながり」によるものなんかじゃない。もっともっと本質的な愛なんだってことを。
がんになった自分より。