パックンチョ1粒で死にかけた息子
ある日、いつものように会社で仕事をしていると、妻からLINEで連絡が入った。「息子急変。今救急車で**病院に向かってる。」僕は座席から飛び上がり、すみません、ちょっと子供が急病で、と周りに声をかけ、片付けもままならない状態で会社を飛び出し、タクシーに飛び乗った。とにかく、早く病院に駆けつけて息子の手を握りたかった。運転手さんは事情を話すと、なるべく急ぎますね、とかなり無理して急いでくれた。その日から、僕たち家族の生活様式は一変した。
息を切らせて病院の受付で救急外来の場所を教えてもらい、ちょうど説明を受けていた妻と診察室で合流した。先生は、僕が到着すると、それまで落ち着いていた表情を変え(多分、強調するために、旦那がいる時に再度言った方が良いと思ったのだろう)、強い剣幕で怒り出した。「いいですか、何度も言っていますが、お宅のお子さんは他のアレルギーのお子さんとは違うんです! 本当に重症になるんです! 先ほども命が危なかったんですよ! もし、今後同じようにアナフィラキシーショックを起こしたら、かかりつけのうちの病院なんかじゃなくて良いからすぐに行ける近い病院に行ってください! 時間が命取りになるんです!」
僕の子供たちは、普通の子供が大好きなお菓子のほとんどを食べることが出来ない。乳製品と卵のアレルギーが原因だ。だから乳を使うチョコレートも、乳も卵も使うケーキも、食べることが出来ない。いや、それどころか、お菓子の原材料を見ればわかるが、「なぜ、これに乳製品が?」というくらい、必要もなさそうなお菓子にすら乳製品や卵が使われている。それは、我々夫婦も分かっていたし、最初に皮膚科を受信した時に上に書いたすごい病院に紹介状を書かれたので、アレルゲンとなる食材にも気をつけていた。でも、テレビで子供が好きな番組を見れば、たいてい子供の心を惹きつけるお菓子や飲み物のCMが流れているし、「ボクも、あれ食べてみたい」と言い出すのは当然の事だ。まだ2歳児だった息子に、そう言われては、当時育児初心者だった僕たち夫婦には、かなり辛かった。
ことの顛末はこうだ。その日、僕は会社で仕事、家には2歳の息子と妻がいた。たまたま妻が自分で食べるためのパックンチョのお菓子がおいてあり、普段は食べ物に関して何も口に出さない息子が、めずらしく妻に言ったそうだ。「ボク、ちょっとでいいから、それ食べてみたいなあ」と。妻はアレルギーの事は理解していたものの、僕たちは、子供がそれほどまでに重症なアレルギーだとは、まだ理解する前だった。そこで、お菓子を全く食べられないのでは可哀想と思った妻が「じゃ、一粒だけだよ」と息子に与えた。生まれて初めてパックンチョ、そしてチョコレートの味に触れた息子はそれを噛み締めるように食べながら、「ああ、すごくおいしいなあ」と感動とも恍惚ともつかない表情でしばらくボーッとしていたらしい。
だが、その息子の幸せな時間は長くは続かなかった。しばらくすると、突然、「ボク、眠くなっちゃった」と言ってゴロンと横になった。すぐにイビキのような変な呼吸音が聞こえ、おかしいと思った妻は息子を抱き抱えた。息子は力なく、だらんと妻に抱かれたままの状態になり、直後、パックンチョだけでなく、朝ごはんに食べ、胃に残っていた全てのものを吐いた。顔色が悪くなり、意識は消失、妻は慌てながらも119番に電話したところ、すぐに救急車を手配する事になり、くだんの病院がかかりつけだからという事でそこまで救急搬送され、すぐにステロイド剤の静脈注射の処置を受け、その後の救急処置の説明のところに僕が駆けつけた、という訳だ。時間の経過から考えると、呼吸困難に陥った時点で幸運にも息子自身の生命力か、一度呼吸が戻ったことで、何とか自力で死から逃れていたらしい。後から担当医にそう言われた。
想像できるだろうか? 愛する我が子に良かれと思ってしたことが、その子を死の淵まで追いやった、と理解した妻の気持ちが。僕は心中、妻が受けているショックを思うとたまらなく辛く、何よりも息子が、たかがパックンチョ一粒で地獄のような苦しみを味わってしまった事が切なく、胸が張り裂けそうな気持ちだった。
一つだけ誤解のないよう、力説しておきたい。食べたアレルゲンが何ミリグラム位だったか、製菓会社に聞いて欲しいと担当医に言われ、僕は後日、森永製菓さんに電話した。電話口で事情を説明すると、その担当の方は僕たちに心底同情して下さり、一粒あたりの含有量をすぐに教えて下さった。そして「お子さんは、今はお元気なのでしょうか」と心から心配して下さった。含有量がわかった事で、それ以降の息子の治療方針も重症度も理解することができた。本当に森永製菓さんには感謝している。ぶっちゃけて言えば、「お子さんは、今はお元気なのでしょうか」と言って頂いた時に、感謝の気持ちでいっぱいになり電話口で泣きそうになったくらいだ。森永製菓さんの対応は本当に素晴らしかった。それ以来、僕たち夫婦は森永製菓さんのファンだ。
息子のアレルギーの重症度を理解したその日以降、僕たち夫婦は病院で講習を受け、徹底的に僕たち夫婦と子供たちの食器とを分け、食器洗いのスポンジも2つにした。また、乳と卵を含む食材をほとんど買わなくなり、子供たちが食べられるものだけを一緒に食べるようになった。(最近でこそ子供たちも大きくなり、自分のリスクを理解できるようになったので、たまには僕たちも「夫婦専用」として乳や卵を含む食品を食べるようになったが。)子供も食べる食品を買うときは必ず「原材料」の欄を徹底的に読み、問題がないと分かったら購入する。そんな生活が何年も続いている。恐らく、これからもだ。
親同士で会話をしていると、ちらほらと同じクラスや学年でも同様の重症アレルギーの子供を持つ人がいる事を知る。「昔に比べて、そういう子が最近やっぱり増えてますよね」というのが僕たちのいつもの会話だ。昔なら、アレルギーがあっても、「そんなもの、気持ちのせいだ」とかいい加減な教育をしていた親もいただろうから、本当に増加しているのかは不明だが、アレルギーが危ない、ということが次第に認知されるようになって、原材料欄だけでなく、アレルゲンとなり得る食品品目を見やすく掲示してくれるメーカーも増えてきている。これは本当にありがたいと思っている。
ただ、一つだけ、このnoteの結論として、是非とも食品メーカー各社さんにお願いしたいメッセージがある。僕たち親も、完璧ではない。一度、原材料欄を見て、大丈夫だと理解している食品があるとする。そうすると、何回もその食品ばかりを僕たちは買う傾向がある(というか、その商品しか買えないからだ)。そんな時、ごく稀に、パッケージも何も変わらないのに、原材料欄にアレルゲン物質が突然記載されるようになることがある、つまり原材料が変わっている事があるのだ。もし、いつもと変わらない食品だからと思って、原材料欄を見ずにそれをそのまま子供に与えてしまうと、悲劇的な結末を産む事になる。実際、僕たち夫婦は、たまたま原材料欄を見返していて「あれ!入ってる!」と気がついてヒヤヒヤした事が何回かある。
だからお願いだ。原材料を変更するのは食品メーカーの様々な事情もあるだろうし否定はしない。だが、是非とも「変更しました」という事をわかりやすく書いておいて欲しいのだ。それだけで、悲惨な事故の確率を減らす事ができる。この点は声を大にして言いたい。それがこの話を書くことにした最大の動機だ。もし、あなたの知り合いに食品メーカー関係者がいたら、是非、この話を共有・拡散して欲しい。
僕は、人間が一人だけでは生きられない事を知っている。みんなが互いに支え合って生きているのが、この「社会」という概念が存在している理由だ。だから、同じ社会に生きる皆さんのお力を借りたい。どうか、このメッセージの拡散を、よろしくお願いします。
(Photo by ciupen san @ Photo AC )