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君の瞳に僕は映らない
街を歩いていると、綺麗に彩られたイルミネーションたちが、街中を埋め尽くしていることに気づいた。ただの光の造形物に、なぜ人は魅了されるのだろうか。魅了される理由はよくわからないけど、人々がはしゃぐ理由になっていることは間違いない。
この時期になると、都会にカップルや親子連れが増える。目的は、イルミネーションを鑑賞するためだ。そんな僕も今日は女性とデートの予定で、1人でたくさんの人が行き交う街の中にいる。
「こんばんは。遅れてごめんね。」
渋谷駅のハチ公前で、女性と待ち合わせの予定だ。YouTuberが、駅前で撮影をしていた。誰かはわからないけど、人だかりができているから、きっと有名人なのであろう。時刻は18時30分。仕事で遅れると連絡が入る。そして、定刻よりも15分遅れて、君がやってきた。
君の瞳は大きくて、とても綺麗だと会うたびにいつも思う。ヘーゼルカラーと呼ばれる黄色味がかかったグレー。日本の言葉で表すのであれば、「黄土色」。光の屈折によって変わる君の瞳。凛と構えた君の目で微笑みかけられることが、僕は大好きだった。
今日は映画を観る約束をしていた。きらきらとしたイルミネーションを見るのではなく、映画を観ることを僕たちは選んだ。前売り券をあらかじめ手に入れていた僕らは、チケット売り場に並ぶことなく、券売機でチケットを発行した。そして、キャラメルと塩味のポップコーンとペプシを購入し、座席についた。
金曜日の夜なのに、客席は閑散としている。作品のつまらなさが、客席に露呈しているのだろうか。口コミサイトの星も3以上のものはほとんどない。そして、映画がはじまる前から僕もシナリオに期待をしていないのも事実だ。
「携帯電話はマナーモード、もしくは電源をオフにしてください」とモニターから指摘が入る。そそくさとiPhoneの電源を切った君。マナーモードにしている僕とは大違いだ。そして、次の季節に放映される映画の予告が流れ、映画の本編がはじまった。
映画の内容は、ありきたりな青春映画だった。高校野球のマネージャーが、エースに恋をして、全国大会の優勝とともに、恋が実るという誰にでも安易に想像できる内容。クライマックスがわかる作品を、見るのはあまり好きではない。どちらかというと、クライマックスがわからない方が楽しいし、伏線の回収もたくさんある方がいい。でも、今日は彼女の選択で、映画を見ることになったので、文句はなにもいえない。
予想通りのシナリオが展開され、無事に全国大会で優勝し、2人の恋も呆気なく実ってしまった。物語の中に紆余曲折はあったが、あまりにもつまらない。この3流映画に、果たして感想は必要なのだろうか。とはいえ、感想を言い合わなくてはならない。言葉に詰まりながら、僕は彼女に言った。
「なんだかすごい映画だったね」
「うん。でも、つまんなかった。展開があらかじめ予想できる映画は見ていてもわくわくがないよね。」
なぜ、君がつまらない映画を選んだのだろうか。彼女はずっと予想できない人生を送り続けている。自分で事業を立ち上げ、失敗も成功も経験。そんな彼女は、自分の人生とは真逆の映画を選んだ。そして、彼女は続ける。
「でも、ある程度決まった展開の方が、人生は安定していているような気がするわ。未来がどうなるかわからない人生は、わくわくするけど、その分不安も大きいじゃない?私は不安定な人生を送っているから、たまに安定した生活を求めてしまうの。そして、安定した映画を、常に安定を求めるあなたと一緒に観たくなるのよ。」
僕は、生活に安定を求める人間だ。夢は叶わないことの方が多いから、企業勤めをしていた方が安定はある。会社が潰れる可能性もあるけど、自分で会社を立ち上げるよりは、リスクは少ないし、面倒ごとに巻き込まれる可能性も少ない。そして、彼女は僕とは真逆の人間で、いつまでも夢見る少女のままだった。
次々に事業を展開し、新しく立ち上げた事業の業績も、どうやらうなぎ登りらしい。僕から見た彼女はリスクをものともしない人間だった。だから、彼女が「安定」という言葉を口にしたのは意外だった。
人は自分にはないものを、持った人に恋をすると言われている。そして、僕も自分が持っていないものを持つ彼女に惹かれている。僕は、恋の格言をそのまま体現している男だ。目と目が合うたびに、君に恋をして、目を逸らされるたびに、2人の距離が遠のいていくような気がした。でも、君はシャイな女で、目が合うとすぐに目をそらしてしまう癖がある。
「私は恋愛する人も、一緒に成長していける人が良いのよね。でも、なんだか安定を求める君には興味を抱いてしまうの。あ、これは恋なんかではなくて、君に安らぎを求めているだけなのかもしれない。自分勝手で本当にごめんね。」
つまらない映画の感想とともに、あっさり振られていた自分がいた。自分の思いを伝える前に、呆気なく終わった恋だった。とはいえ、はじめから勝算のない恋だった。安定を求める僕と、わくわくを求める君。最初から方向性が違った恋は、たとえ報われたとしても、やがて破綻を迎えるのがオチ。だから、報われなくても良かったのかもしれない。
君の瞳に、最初から僕は映らなかった。でも、どうか一緒に過ごした日々のことを忘れないでいてほしい。君の瞳に映らなかった僕を、どうかいつまでも忘れないでいてほしいってのが僕の願いだ。
君の発言を受けて、なんと返事をすれば良いのかわからない僕がいた。そして、僕が君に恋をしていたのは事実で、思いを伝えなかったことも事実であった。
気持ちが追いつかなかった言葉たち。上手に埋葬できれば、この思いもいつかは報われるのかな。足元にそっと忍ばせた思いを、伝えることはもう2度とないし、伝える必要もないのであろう。
お互いにある程度の感想を言い終え、2人で映画館を後にした。
「さあ、美味しいものでも食べますか」
精一杯の強がりと精一杯の平常心を、今ここで君に送るよ。
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