真夜中ポジティブ禁止戦争
夜の京都タワーが好きだ。真っ赤に染まる鉄塔は、今まさに世界にSOSを出しているのかもしれない。夜の京都タワーはいつまでも見ていられるし、街行く人たちが徐々に減っていくあのさまはずっと見ていても、一向に飽きない。それどころかあの赤い鉄塔に吸い込まれそうになる。
夜が好きだ。真っ暗の空に、ぽつりと彩りを加える数々の星たち。形を変えながらも、暗くなった街を照らす月。すっかり静かになった街の音は、自然の音が聞こえるような気がする。この世の終わりかもしれないと錯覚してしまう絶望的にゆっくり進む時間。夜は物思いに耽るためにある。でも、禁断の果実を手にした途端、夜はその身を滅ぼす。
朝日が昇るさまはエモいと表現されるが、夜空を見ながら温かい缶コーヒーを飲むさまは、エモいを超越したなにかを宿している。夜の素晴らしさや夜の魅力を言語化してしまうと、途端にチープなものと化してしまう。だから、あえて言語化せず、ただその瞬間を余すことなく楽しみたい。
夜の中でも、真夜中が特に好きだ。真夜中のコンビニ。真夜中の映画鑑賞。真夜中の天体観測。なにかの事象に真夜中と付くだけで、エモーショナルと化す。そして、真夜中の散歩が大好きだ。真夜中は外に人が少なくて静かだし、無数の星や月、街の灯りを頼りに街を練り歩くあの瞬間が愛おしい。なにも考えず、外を歩く行為にはなんの意味もない。でも、人生で面白さを求めるためには、無意味だと思える行為をどれだけ体験できるかが重要だ。真夜中の散歩には意味を求めなくてもいい。目的意識のない真夜中の散歩は人類の最高の贅沢だ。
以前喫茶店で仲良くなった占い師のお姉さんが、夜についてこんな話をしていたことをふと思い出した。
「早起きは褒められるのに、夜更かしは怒られる。でも、人間の中には、夜型人間がいる。私は完全に夜型人間なの。真夜中は誰からも連絡が来ないから、仕事に集中できる。真夜中にだけ力を発揮する人間だっているの。朝に行動するか。夜に行動するか。その2択しかないのに、夜型は褒められない。それが不思議で仕方ないけど、他人の評価なんてどうだっていい。たとえ夜が邪険に扱われたとしても、私はいつだって真夜中に真価を発揮し続ける女性であり続けるわ。」
夜にしか真価を、発揮できない人間がいる。まるで満月を見て変化する孫悟空のようだ。ぼくは夜に真価を発揮しようとする彼女の姿がとても美しいと思った。そして、もっと夜に暴れてほしい。夜型人間の皆さまには、真夜中の可能性を信じ続け、いつか夜型人間も褒められるようになってほしい。
夜をテーマにした作品が好きだ。夜の苦しさをこれでもかと言わんばかりに詰め込んだ小説。明けない夜はないと希望を見出した夜が題材のエッセイ。夜が好きになるためのライフハックを掲載したコラム。夜が舞台の銀河系のアニメ。希望と絶望が詰まった作品には不思議な力がある。不思議な力について言語化できないことが、ただただ悔やまれる。
「ずっと真夜中でいいのに」というアーティストが世の中に出てきた時は、スマホに向かって、なんども「その気持ちよくわかる」と思わず声を漏らしてしまった。そして、ボーカルの声、メロディ、歌詞が真夜中にぴったりだ。ずっと真夜中でいいのには、まさに真夜中を楽しませるために現れたアーティストだと言えよう。
これまで真夜中の良さを語り続けてきた。でも、真夜中にも悪いところがある。ずっと真夜中でいいと言いつつも、冷静になって考えてみると、ずっと真夜中でいいはずがない。真夜中だけの世界を想像するだけで恐ろしい。真夜中は麻薬のような危険性を兼ね備えている。影で体が覆い尽くされると、光がどこかわからなくなってしまう可能性がある。何事もバランスが大事だとよく人は言うが、真夜中はバランス感覚をいとも簡単に奪ってしまうのだ。
真夜中は人類を滅ぼす。考えごとは日中にするがおきまりのこの世界。周知の事実を踏まえた上で、人類は真夜中にもの思いに耽ってしまう。真夜中の考えごとはどう足掻いても前向きにはならない。前向きになろうとしても、真夜中の闇が自身に襲いかかる。真夜中がずっと続いてしまうと、人の気持ちはネガティブまっしぐらだ。ネガティブに塗れた世界は実に滑稽で、希望の灯火さえ灯らない。
真夜中がずっと続いてしまうと、ポジティブ禁止戦争が起きるかもしれない。ポジティブ禁止戦争中のポジティブは、魔女狩りに遭うのがルール。楽観的なポジティブはいとも簡単に人を殺す。そして、折れてしまったポジティブは絶望的なネガティブを連れてくる。でも、ネガティブを知った上でのポジティブは強い。裏打ちされたポジティブを手に入れるために、真夜中のポジティブ戦争を推奨したい。
ポジティブ禁止。ネガティブ推奨の真夜中午前2時。ポジティブが人を殺し、ネガティブが人を救う。自信なんて後からついてくるものだから、じぶんに自信なんてなくていい。裏打ちされた自信は絶望を乗り越えた瞬間に身に付くものだ。そして、圧倒的な絶望が人を強く、優しくする。
ポジティブ禁止戦争にネガティブで打ち勝て。終わりのない真夜中に終止符を打つのは、紛れもなくじぶん自身だ。