雪解け
季節を3つ乗り越えて、また春がやってくる。春になって花が咲き、夏になって蝉が鳴く。秋になって赤く染まり、冬になって雪が降る。そして、性懲りもなく、また春がやってきた。あれだけ白かった景色は、雪が解けて、色とりどりの植物が街を覆っている。
出会いと別れの春。挑戦の春。新たなことをはじめるのに適した春。春の数だけ失敗と成功を積み重ねてきたような気がする。そして、僕たち2人は四季の分だけ愛を積み重ね、お互いを思ってきた。
そして彼女を思った分だけ、美咲のことを知った気になっていたんだ。2人の思いが軋みはじめた予兆に、2人は気づけなかった。もっと対話を繰り返していれば、2人がお別れすることはなかったのかな。でも、終わった。ちゃんと終わった。人生には「たられば」なんてなくて、ただ事実だけがそこに残る。
僕たちは冬に出会った。出会いは、学校のサークルだった。3個上の美咲は、サークルのリーダーを務めていた。一目見たときから惹かれているじぶんがいたんだけれど、なにに惹かれていたのかはよく覚えていない。
よく笑う美咲は、サークル内でも抜群の人気を誇り、彼女を狙う男性が溢れ返っていた。先輩と後輩。まさか美咲が僕を好きになるなんて思ってもなかったし、周りの友達も、僕と彼女がお付き合いをはじめるなんて思ってもなかっただろうな。
美咲とお付き合いをするまで、なんどもデートをした。年上が喜ぶことなんて知らなかったから、適当に恋愛攻略本を買って、相手が喜ぶポイント的なやつを参考にしていた。ドライブデートや遊園地や映画、夜景デートなど、恋愛本はものすごく役に立った。
綺麗な夜景を見ながらの告白。言葉がなかなか出てこない僕に対して、「言いたいことはなんなのかな?」とからかう彼女。僕が彼女を好きなことは、とっくの昔に知ってる癖に、悪い女だなと思ったけれど、そんな彼女のことが好きだった。
「春樹くん、告白前のたじたじした姿は、けっこう可愛かったよ」とお付き合いをしてからも、僕のことをからかう美咲。好きな人、プラス先輩のダブルコンボになかなか慣れない僕は、お付き合いをしてからも、なかなか敬語が抜けなかった。
4年生で就活を行なっていた美咲は、「働きたくない」が口癖だった。1年生だった僕は、まだじぶんが社会に出て働く姿を想像できない。だから、就活を頑張っている美咲をとても偉大な存在だと思っていた。
内々定をもらったときの美咲の嬉しそうな顔が、いまだに忘れられない。でも、同じ大学に通うことがもうなくなるのかと少し寂しさを感じている自分もいた。彼女の門出とはいえ、2人がお別れするわけじゃないと、彼女の門出を思いっきり祝うことにした。
彼女が大学を卒業し、僕は2年生になった。周りの意識が高すぎて、2年生だというのに、インターンやビジコンやらというワードが飛び交う。じぶんが働く姿を想像できない僕は、彼らのことを「意識だけ高いやつ」と呼んでいた。
美咲は僕が大学に通っている間も、仕事を頑張っている。慣れない業務に慣れるためメモを取ったり、先輩の営業に同行しているそうだ。適当にふらふらとアルバイトと学校、遊びの往復を繰り返す僕とは非対称的になっていた。
美咲と会う回数が減った。予想はしていたけれど、社会人とは想像以上に忙しいものらしい。会えば、会社の愚痴やストレスのはけ口にされる。好きだった彼女が徐々にいやらしいやつに見えてきた。
些細なことにストレスを感じ、感情的になった彼女。そして、あいも変わらず「THE・大学生」の僕。弛んだ僕の姿を見て、彼女は相当苛ついていた。
大学生と社会人では、生活習慣がまるでちがう。だからこそ、お互いに歩み寄らなければならなかった。でも、少しずつ狂う歯車が、僕らに軋みを作っった。そして、最終的には破局を迎える。ひとつの出来事が終わる。それ以上でも以下でもなかった。
美咲の変わった姿に、嫌気が差す。そして、僕に嫌気が差す彼女。彼女は会社では、愚痴を吐けない。だから、僕に頼っていた。そんなことを知らない僕は、変わった事実だけを見て、彼女との時間を減らした。
「私たち別れましょう」
きっかけなんてなかった。なかったんじゃなくて、気づけなかっただけかもしれない。気持ちが少し離れているとはいえ、この気持ちは一過性のものだと思っていたからだ。少し距離を置けば、また元どおりになれると信じていた。
僕らは雪降る街で出会い、雪が解けた街で別れた。2年という月日はなにかを変えてしまうには短すぎず、ちょうどいい期間なのかもしれない。好きじゃないと思い続けていたけれど、やっぱり僕は美咲のことが好きだった。
目の前が白く塗りつぶされ、もうなんにも見えない。雪は解けたはずなのに、景色は真っ白のまま。そして、頭の中も真っ白になり、もうこの幸せが戻ることはないと悟った。
出会ってしまった以上は、もうなにも知らなかった2人には決して戻れない。彼女を知って、愛を知り、彼女を知って、寂しさを知った。
彼女の涙も愛も笑顔も僕のものではなくなるという現実を、受け止めきれない。目の前がホワイトアウトした瞬間、なぜか彼女は泣く。あのとき、どうして指輪を外していなかったんだろうか。それだけが未だに疑問に残るが、問題はもう解決には至らない。
あのとき、僕が美咲を抱き寄せたなら、まだやり直せていたのだろうか?
僕はもう美咲がいる冬に慣れてしまっていたんだ。雪を見て子どもみたいにはしゃぐ彼女。それを見てバカだなぁと言いながら、一緒にはしゃぐ僕。彼女が僕の横にいた日常は、もう幻で僕の横は空いているというのが現実「らしい」。
「らしい」という表現方法を採用した理由は、まだ受け止めきれていない僕がいるということ。きっと僕の半分は彼女でできていて、彼女の半分は僕でできていたはずだった。
嬉しいことは2倍、悲しいことは半分こ。でも美咲を失った僕は悲しみの二乗。彼女と僕の愛の二乗はいつの間にか哀の二乗になってしまった。運命共同体なのかもしれないなんてことを、バカみたいに盲目的にまで信じていた。
世界で一番大切だった美咲を失っても、世界は変わらず回り続ける。何事もなかったかのように日々は続いていく。雪が降って、2人の体温で僕らの愛はいとも簡単に溶けてしまった。
あなたに会えない寂しさは全部雪と共に溶けしまえ。
雪が溶け、やがて始まる春。花もやがて芽を息吹く。前に進むと決意し、時に電車のようにガタンゴトンと揺さぶられながら、前に進む。
雪解けた街に彼女はもういない。街には僕1人。あのとき彼女を理解しようと歩み寄ればよかった。
やりきれない後悔と共に、雪は解ける。
それだけが現実だ。