映画『岬の兄妹』をみる
映画『オアシス』同様、
まさに胸をえぐられるような作品でしたよ。
右足の不自由な兄と自閉症の妹の二人暮らし。
兄がリストラされたことにより生活が行き詰まり、
生活のために兄は妹を売春させることに。
収入は入るようになったが、計画なき選択をつづけてどんどんどん詰まりに。妹にも異変が。。
以下ネタバレ注意です。
自閉症とは発達障害の総称で、
・人とコミュニケーションがとれない
・反復的な行動や言動がある
・得意な才能がある場合がある
などの特徴があるそう。以下リンクを参照しました。
トム・クルーズとダスティ・ホフマン共演の『レインマン』の兄が自閉症でしたね。
昔学校で、自閉症の講義で『レインマン』が挙げられて、「映画のような得意な才能がある人は、実際は少ない」と教授が話していたのを覚えてます。
あと『フォレスト・ガンプ』のガンプも自閉症の特徴があるそう。
さすがハリウッド映画、レインマンもフォレスト・ガンプも、いじめや偏見の描写がありながらも、明るく清潔な施設、理解ある友人たち、恋人と、80、90年代の作品ながらもポップでゴージャスな雰囲気の作品にまとまっている。
一方、岬の兄妹は上のハリウッド作品から20年以上は経っているのに、薄暗く、乱雑で、きたなく、じめじめした空気感がある。
以前、SNSでうつ病の人の目線を描いた漫画をみた。
会社が辛いなら、
転職する、実家に帰る、旅に出るなどなど
様々な選択肢があるのに、
消耗しきったうつ病の人には
「会社に行くか、電車に飛び込むか」
の2択しか考えられない。
人は窮すると視野が狭くなることが的確に表現された漫画だった。
それと一緒で、
仕事もお金もなくなる → 妹を売春させる
の間にできることはあるのに、
別の選択を模索しない、気づかない、余裕がないという恐ろしさ。
主人公(兄)の友人は警察官で、主人公(兄)はいろいろダメなところもあるけど、友人の彼は辛抱強く兄を支えている。
友人は公務員なんだからセーフティネットについて兄に事前に伝えることができなかったのかな、とみていて思ったが、
産婦人科のシーンで医師からお金の説明になった途端、主人公(兄)が途中で退室したように、話をちゃんと聞けない。現実に向き合えない。
数少ない助言者はいるけど、彼らの声が届かない。
そういう、セーフティネットにたどり着くまでのハードルの高さを思った。
この映画はみたことを後悔するほど心に重荷がのしかかってくる。
お風呂でその重荷は何か、その理由を考えてみた。
彼ら兄妹を無視する人、痛めつける人、嘲笑う人、お金で買う人、怒る人、裏切る人、、、
そういった彼らの周りの人間たちが、僕の延長上に存在するからだ。
映画『オアシス』でも社会から除け者扱いされている男女を取り囲む人々、
彼らを馬鹿にする人や騙す人、彼らの話に耳を傾けない人や一方的に決めつける人、無視する人が、僕自身の一面と重なる。
岬の兄妹もそんな自分の一面、しかもみたくない面を作品を通して直視する不快感がある。
『岬の兄妹』も『オアシス』も、タブー視されていること、都合の悪いこと、蓋をしてきたことを「ちゃんと見ろよ!」と言ってくるような圧がある。
主演ふたりの、体を張る以上の演技も見どころ。
セル版のパッケージの写真のズレや不安定さがよい。
弟はお金目的で、長年会わなかった自閉症の実兄を施設から拉致する。
最初はギクシャクするふたり。でも「ある秘密」が明らかになった後の、弟はもちろん兄の変化にホロっときます。
若かりし頃のトム様の、親に愛されず拗ねまくったハンサム役もカッコいい。
自閉症の少年の笑けるくらいのサクセスストーリー。
一方で、幼なじみのジェニーは戦後アメリカの負の道をひたすら辿っていく。
あっという間の3時間で、戦後〜90年台のアメリカの雰囲気がざっとわかる。
小説版だとガンプは宇宙まで行った気がする。
社会に疎外されている男女の淡くせつないラブストーリー。
ところどころの彼女側の空想の世界がピュアで泣けます。
鑑賞後に胸にズドンとくる感覚が『岬の兄妹』につうじる。
オアシスと対でみたい作品。主演の男女ふたりが同じですよ。
1999年、旧友がピクニックするなか絶望を抱えた男性。そこから走馬灯のように彼の20年間の歳月を遡っていく、ちょっと変わった展開。
僕はオアシスに思い入れが強すぎて、この作品をみるたびに、オアシスのふたりのパラレルワールド的にみてしまう。