自分だけのデザイナー道を
「あなたは、どんな得意を持ったデザイナーになりたいですか?」
そんなことを聞かれたら、あなたはなんと答えますか?
「情報設計に強いデザイナーになりたい」
「グラフィックだけは負けないデザイナーになりたい」
「ユーザー体験を突き詰めて考えれるデザイナーになりたい」
抽象度・方向性含めいろんな答えが想像できますね。デザインは領域がとっても広い概念であるため、自由度の高く応用が効きやすいというメリットがある反面、自分のこれからがあまり明確になっていない場合、「どこから手をつけたらいいのかわからない」「自分に合う領域がわからない」といったことが起きがちな側面も少なからずあると思います。
デザインの世界は学びの観点があまりに多く、その一つ一つが宇宙と呼べるほど深くまで学べる世界です。生涯を捧げても全ての領域の一流になることはできないと思っています。そんな中、自分が何を選んで学んでいくのか?という観点は非常に重要なこと。
この記事は、「私は今後どんな得意を持ったデザイナーになりたいのか?」という問いに対して向き合っている人、改めて考えてみたいという人のヒントになればと書いています。
余分な自分に気づく
"余分"というとネガティブなイメージを持つ人も多いと思いますが、私の中では、余分なことは個々のユニークネスが表出したものだと思っています。
人がやる最低限を超えて、思わずやってしまうことは、自分の中でのこだわりが強かったり、よく気づくことだったりと、自らの感性がそこにはあります。
そして、この余分にやってしまうことは、多くの人がスルーするけど自分だけに訪れる感覚や体験となります。他人が目にも止めない、気づきもしない体験を積み重ねていくこと、その体験の傾向を頼りに学びを深めていくことは、長い時間をかけて圧倒的な人との違いを作り出します。
早い話、「自分のやっている余分なことは?」という話ではありますが、パッと思い当たることも少ないと思うので、思考の足がかりとして3つの観点で私たちの"余分"を探索していきましょう。
余分① 目についちゃう
電車の広告を眺めているとしましょう。自分はよくコピー文やレイアウトに目が入ってしまいますが、別のデザイナーは配色に着目するかもしれないし、フォントが気になることもある人もいるはずです。
たくさんの情報で溢れる中、特定の観点に注目することは他人からしたら想像もし得ない余分なことです。だからこそ、日常的な観察は積み重ねの経験量がとてつもない差になります。仮に1年だとしても、配色を見続けた人と、フォントを見続けた人では自分の頭にストックされるパターンや感覚的なセンスに大きな差が出ることは容易に想像がつくでしょう。
得意と呼べるものは付け焼き刃で身につけた知識のことではありません。何度も思考を巡らしていく過程で、他人には及ばないレベルまで洗練されていくものです。今現時点であまり得意と思えなくとも、日常の中で観察することでいずれ得意になっていくかもしれません。
余分② 感情が動いちゃう
好きなもの。嫌いなもの。なぜか惹かれてしまうもの。なぜかイライラしちゃうもの。わたしたちの身の回りにはたくさんのもので溢れているし、日々たくさんの体験をしています。当たり前のように感じたことの多くをスルーして過ごす中、自分がつい反応してしまうことは、余分な感情のおかげです。
元を辿れば、デザインというものに惹かれた気持ちも余分な感情だったと言えるかもしれません。
少し私の話をすると、私とデザインの接点は心理学でした。総合大学で心理学を専攻していた大学時代、まさかデザイナーになるなんて思いもしなかったわけですが、研究室にあったとある本を読んだことがデザイナー人生の始まりでした。
アメリカの認知科学者であるドナルド・ノーマンが書いた名著。デザインの重要性を心理学的なアプローチで解説している本です。
詳しい内容は割愛しますが、エレベーターのボタンを無意味に連打するのは、機械を操作するときに0.1秒以内に反応がないから(=フィードバック)だったり、普通の容器でもゴミが入っているとゴミ箱として認識してしまう(=シグニファイア)など、人の心理からデザインを紐解いていくことの面白さに魅せられ、夢中で読んだのを覚えています。
別にただただ"おもろい本だったな"と終えても良かったし、そもそも本自体が目に留まらない人も大勢いる中、自分の目に留まり、その後もデザインのことを調べちゃっていました。あまりに余分な行為です。ですが、結果的にそれがデザイナーの道を歩もうという自分のキャリアを決めるきっかけだったし、心理的な洞察を磨くことは自分のデザイナーとしての確たる成長方針となっています。
余分③ 時間をかけちゃう
得意のヒントとなる3つ目の余分は、作業にかかる"時間"です。一般的には、何も考えなくてもできちゃうことが得意なことだよと言われることもありますが、実はその逆もあるのではないかと思っています。
私は駆け出しデザイナーの頃、デザインの要件を決める部分にかなりの時間をかけてしまう人でした。実際にデザインを作ることに1時間かかるとしたら、要件には2時間も3時間もかけてしまうタイプです。余分というより余計とも言えるかもしれません。
この時、自分に起こっていたこととしては、「このケースだとどう思われるだろう」などと利用パターンの想定を人一倍細かくしていたり、「普段はいいけどこの状況だと困るかな」などとユーザー心理を考えているうちに時間がどんどん過ぎていくのです。しかしその反復が功を奏し、いつしか同じ時間でも人一倍いろんな角度からデザインの良し悪しを心理的な洞察から捉えていることに気づきました。
時間がかかるとは、それだけ検討や思考を細かい部分までこだわって巡らせているということもあるかと思います。考慮事項が多ければ時間はかかりますが、経験を積むことで思考プロセスは線練されていき、思考速度が上がっていきます。今は人より時間のかかってしまうことであっても、速度がついてこれば並のデザイナーには考え及ばないところまでの検討が素早くできるという立派な強みとなります。苦手と思う部分にも実は強みが隠されているかも?というのが3つ目の手かがりです。
余分の延長上にある自分の道
デザイナーとしての成長方針が見えてくる
デザイナーになりたての頃は、デザイナーとしてデザインはある程度なんでもできないと恥ずかしいと思い、イラストやロゴデザインなどのグラフィック領域を含めて、いろんな学習と実践を繰り返していました。
しかし、自分の余分の傾向(自分であれば心理を考えていたい)に対して自覚的になってからは、デザイナーとしての注力ポイントが明確になりました。
人に直接対峙し、心理や行動を洞察するUXリサーチを積極的に学んで実践したり、UXUIデザインでも、要件を検討し、設計する部分に力を注いでいましたし、画面に落とし込む際には必ず心理的な部分からも説明できるようにしていました。
自分なりにデザイナーとしてのキャリアを考える上で、大きな方針の軸となると思います。
デザイン以外にも自分の領域を広げていける
さらにデザインへの関心を他領域に展開できるということも、大事なポイントです。
現在、私は対話を通じて思考を整理し、気づきを与えていくコーチングという仕事をしていますが、これも人の心理にアクセスしている意味で、自分としてはデザイナー時代を同じ仕事をしているような感覚です。アウトプットがアプリ画面ではなく、話しやすい場の空気感の設計だったり、相手の状況に合わせて思考を深められる問いをデザインすることだったりしますが、根本は変わりません。
他にもマネージャーになるみたいなことを考えたときにも、自分自身は人の心理を扱えるので文句なしに楽しめる仕事です。これが仮に情報設計にこだわるデザイナーだったときだったとしても、チームをプロダクトとして捉え直すことでチーム内のコミュニケーション設計に能力発揮されたりといった形で、経験を活かして前向きに取り組めるようになるかもしれません。
自分の余分を知ることは、デザイナーとしての学びの方針になるだけでなく、デザインの外に広がる世界を自分の自分のモノにしていく上で非常に役に立ちます。どんな業界でデザインしていたいか?といった点についても、同様に自分のこだわりと接続できれば、柔軟に広げていける領域とも言えるでしょう。
余分を知るためのヒント
もし自分がやってしまう余分はなんだろう?と考えたいけど考えを進めるのが難しいと感じる方は、上記内容にリンクする質問を用意してみたので、ぜひ質問をもとに考えてみてください。
また、こういう自己探索は、実践経験の集積から気づいていくこともありますし、同じデザイナー同士や、メンターような存在の人との対話を通じて気づいていけることもあります。
自分への理解を深めるためにできることはたくさんあるので、自分にできる一歩目から、ぜひスタートしてみてください。
どう転んでも自分だけのデザイナー道を歩むことにはなりますが、この記事を読んでくれたみなさんが、少しでも納得のいく形でデザイナーとしての歩みを進めていけることを祈っています。
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