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モーツァルト 老婆K517 楽曲分析

ここではモーツァルト(1756~1791)の歌曲『老婆』K517の楽曲分析を行います。、こちらは有節歌曲形式ゆうせつかきょくけいしきという形式の歌曲であり、モーツァルトではめずらしいホ短調の採用、ピアノ伴奏がバロック時代の通奏低音スタイルで書かれているなど、彼の作品の中では結構面白い要素が含まれています。詩と音楽がどのようにして描かれているのかを深く見ていきましょう。

ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)

1 概要

作曲されたのは1787年の5月18日とされています。同時期には弦楽五重奏曲第3番ハ長調K515弦楽五重奏曲第4番ト短調K516が作曲されています。詩はフリードリヒ・フォン・ハーゲドルン(1708~1754)というドイツの詩人が書いたものです。内容は年老いた老婆が自分の若い頃はとても良き時代だったと懐古するというものになっています。

フリードリヒ・フォン・ハーゲドルン(Friedrich von Hagedorn)

この歌曲は有節歌曲形式でかかれており、この形式はひとつの旋律を詩のそれぞれの節に割り当てるものになります。詩節が変わっても常に同じメロディが割り当てられるということになります。他にこの形式で書かれたものとしてはシューベルトの『野ばら』が該当します。

では実際に楽譜をみながら音楽的な特徴を見ていきましょう。

2 楽曲解説

Zu meiner Zeit, zu meiner Zeit

Bestand noch Recht und Billigkeit.

Da wurden auch aus Kindern Leute,

Aus tugendhaften Mädchen Bräute;

Doch alles mit Bescheidenheit.

O gute Zeit, o gute Zeit!

Es ward kein Jüngling zum Verräter,

Und unsre Jungfern freiten später,

Sie reizten nicht der Mütter Neid.

O gute, Zeit, o gute Zeit!



Zu meiner Zeit, zu meiner Zeit

Befliß man sich der Heimlichkeit.

Genoß der Jüngling ein Vergnügen,

So war er dankbar und verschwiegen;

Doch jetzt entdeckt er's ungescheut.

O schlimme Zeit, o schlimme Zeit!

Die Regung mütterlicher Triebe,

Der Vorwitz und der Geist der Liebe

Fährt jetzt oft schon in's Flügelkleid.

O schlimme Zeit, o schlimme Zeit!



Zu meiner Zeit, zu meiner Zeit

ward Pflicht und Ordnung nicht entweiht.

Der Mann ward, wie es sich gebühret,

Von einer lieben Frau regieret,

Trotz seiner stolzen Männlichkeit.

O gute Zeit, o gute Zeit!

Die Fromme herrschte nur gelinder,

Uns blieb der Hut und ihm die Kinder;

Das war die Mode weit und breit.

O gute Zeit, o gute Zeit!



Zu meiner Zeit, zu meiner Zeit

war noch in Ehen Einigkeit.

Jetzt darf der Mann uns fast gebieten,

Uns widersprechen und uns hüten,

Wo man mit Freunden sich erfreut.

O schlimme Zeit, o schlimme Zeit!

Mit dieser Neuerung im Lande,

Mit diesem Fluch im Ehestande

Hat ein Komet uns längst bedräut.

O schlimme Zeit, o schlimme Zeit!



私が若かったころはね、
正しいことや公平性がきちんとあったのよ。
子供たちはしっかりした大人へと成長して、
貞淑な娘たちは嫁いでいった。
しかし、皆慎みをしっていたのだ。
ああ、いい時代だった!
若者たちは裏切ることもなかったし、
娘たちは嫁入りが遅かった。
でも彼らは自分の母親を苛立たせることもなかった。
はあ、いい時代だったな・・・
 
私が若かったころはね、
自分のことを何でも晒さないように気を付けていた。
若者たちが楽しみを満喫している時も、
口に出さずとも有難がっていたのさ。
しかし、今は堂々と曝け出している。
ああ、嫌な時代になったものだ!
母性的な感情の衝動、
生意気さと愛の精神は
今では幼い子供にも見られのよ。
ああ、嫌な時代ね。

私が若かったころはね、
義務と秩序があたりまえのようにあったの。
男たちは誇り高い男らしさを持っていたにも関わらず
当然のことながら
愛する女房の尻に敷かれていたのよ。
ああ、いい時代だった!
敬虔な妻は優しく統制して
夫に子供を預けていた。
それが当たり前にあった傾向だったのよ。
はあ、いい時代だったな・・・

私が若かったころはね、
夫婦生活がまだうまくいっていたんだけど
今や夫が口出しすることは当たり前で、
反対するのも日常茶飯事。
妻を監視するくせに自分は友達と楽しんでばかり。
ああ、嫌な時代になったものだ!
昔のしきたりはどんどんなくなって、
夫婦関係は悪くなっていった。
彗星さえも長い間私たちを脅かしていたのだ。
ああ、嫌な時代ね・・・

F・V・Hagedorn

2/4拍子 速度標記無し ホ短調

モーツァルトの作品でホ短調はめずらしく、他にはヴァイオリンソナタK304で使用されています。速度標記は書かれておらず、代わりにEinアイン bischenビッシェン durchドゥルヒ dieディ Naseナーゼと指示されており、「少し鼻にかかった声で」と歌い方が指定されています。

そしてこの楽譜では右手の部分が小さな音符で書かれていますが、この部分は補筆されたものになります。自筆譜には右手パートがほぼ書かれておらず、代わりに左手の低音部分は全て書かれています

自筆譜

低音部分を参考に書かれていない右手パートを補う必要があります。バロック音楽の特徴である通奏低音風なものになっていますが数字が書かれていないのも不思議な点です。モーツァルトが即興的に演奏したため右手パートが遺されていないのか、あるいは意図的に書かなかったのか。ここはまだ謎が残る部分です。しかし自作目録にもしっかり記録されていることから、この状態でモーツァルトは完成したと思っていたのかもしれません。

詩を見てみると、1番と3番は若い頃に良かったと感じる部分を懐かしむ描写で、2番と4番が「今となってはこうなってしまった」と嘆く描写になっています。最後の❝O gute(schlimme) Zeit❞の部分に一番高い音が割り当てられているので、この老婆の一番言いたいことが❝O gute(schlimme) Zeit❞だと思わせるようになっています。
例えば叫びや問いかけなどを表す場合は上行音型や高い音を使い、しくしくと泣く時や恋人に愛を語り掛ける場合は高い音を控えて低い音で優しく歌う。歌曲やオペラにおける感情の表現に使用されるのが音楽修辞学と呼ばれるものです。これを理解することで歌曲、オペラのアリアをより深く理解することができるでしょう。
老婆の場合は老婆が昔を回想する場面には比較的低い音が割り当てられています。そして❝O gute(schlimme) Zeit❞において高い音を割り当てて老婆の「昔は本当に良かった」という感情を強く表しています。

この時代でも「昔の方が良かった」と感じる人はいたようですね。そこは現代になってもあまり変わらない部分だと思います。
この歌曲は特に有名なわけではありませんが、作曲技法に関しては興味深い点がいくつも潜んでいます。短い曲なのでぜひ聞いてみてください。

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また作曲もしています。

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Ryo Sasaki
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