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1月は愛を写した

1月1日午前9時30分。
年越しのバラエティーを見て夜更かししてしまった私。少し遅めの起床、早々に寝正月だ。年末年始のテレビ番組はなぜか見てしまうし切り上げ時が分からなくなる。
リビングに降りると父と母、妻が起きて食卓に料理を並べていた。小さい頃は別におせちは好きではなかったが、今ではどれも美味しく感じられることに大人になったなぁとしみじみ思う。ちなみに妹は友達と泊まりだそうで昨日からいない。数年後には家族揃うといいなぁなんて思ったりする。
新年の挨拶をし、豪勢な料理をいただこうとするのを止め、私はカメラを構えた。

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新年最初の写真は家族写真と決めていた。
父と母、妻と私、家族が揃って正月を迎えられるということが素直に嬉しかった。静岡に移り、(会おうとすれば会えるけども)簡単に会える距離でもご時世でも無くなった今、こんな時間を残しておきたいと思った。写真に映る3人はどこかぎこちない表情だけれども、それもまた1つの思い出だ。

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食事を済ませ、身支度を済ませた私たちは、祖父母の家に新年の挨拶に向かった。久しぶりに会う祖父母だったが元気そうでなによりだ。
仏様にお参りをしてくつろいでいると、アハ体験のごとく机の上にお茶やらお菓子やらが少しずつ増えていく。最終的にはおせちまで出てきた。祖父母はよくこうやって気遣ってくれる、昔からだ。
「年越しうどんあるけど食べる?」と聞かれ「あるならもらう」と返事したが全然来なくて、確認しに行くと一から作り直していたのはさすがに笑ってしまった、それ年明けうどんです。
でもその優しさにありがとうねって思った。写真は都合により出せないのが残念だ。

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午後になり、私は小学生の頃の友人と約束した初詣に向かおうと車を走らせた。会うのは2年前の、私の結婚式以来。式を挙げた翌週に安倍元首相が緊急事態宣言を出したので、「滑り込みで結婚式を挙げられてよかったね」という話をしたのは今では良い思い出だ(良くない)

車で迎えに行くため友人Tの家に向かった。
彼の両親も彼自身もあまり変わっていなかった。何ならそのまま小学校に戻れるんじゃないかってくらいの顔の変わらなさに驚く。
「変わってないな」って言うと「おまえは変わったな」って言われた。「あまり変わっていないだろ」言ったが、見た目はさすがに変わったらしい。時の流れに一抹の寂しさを感じながらも、このやり取りは小学生の時から変わってないなと懐かしさも感じる。

神社で友人Mとも合流した。友人Mは紆余曲折あって昔スタイルが性に合ってると思ったのか学生時代の髪型に戻していた。いよいよ自分だけが変わってしまった感を感じる。

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久しぶりに会うと話に花が咲いて止まらなくなる。

上の制服(Tシャツタイプ)の中に膝まで一緒に入れて、そのままコケて服をビリビリに破いた話
給食の放送の時間をジャックした話
雲梯の上を歩いて足を踏み外して股間を強打した話
適切な遊具の使い方をしなかったがために遊具を撤去された話・・・

話しても話しきれない思い出の数々だ。あらかた全部聞いたあと、妻が「君がクソガキだったと言うことはよく分かった」と言っていた。

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静岡に帰るその日、私はカメラを引っ提げてとあるマンションへ向かった。教員時代の同僚のお家だ。私が静岡に引っ越してからもちょくちょく連絡をくれて、年末も集まってピザ&寿司パーティーをした。学生時代の友人は少ないが、社会人になってからの友人が多いのはとてもありがたい限りだ。

なぜ帰る前にここに来たかというと、ファミリーフォトを撮ってほしいという依頼を受けたからだ。昨年も長女の1歳記念のファミリーフォトを撮影させてもらったが、今回は長男生誕&長女2歳記念の写真。
一生に一度の思い出の写真を私に任せてもらえるとはとても嬉しい。

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いやチェキかい。

というのは冗談でね、GFX50SとX100Vで撮影しました(チェキでも撮りましたが)。
GFX50SはAFが遅いが、お子さんはもちろん動きがスローなわけもなくガンガン走り回る。声掛け品出しで興味を引いたり一緒に遊んだりしていろんな瞬間でシャッターを切った。
子どもの発想や行動は全く読めない、だからこそ面白い。こんな時期だけしか残せない写真だってあるはずだし、忘れたくない瞬間だってあるはずだ。

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私が持ってきたリボンを見つけ、ほどき始める。

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割と好きな写真。何だこの瞬間。

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一緒に片付けを始める。

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3秒で飽きる。

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別の遊び方を見つける。

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完全に邪魔をしている。

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アンパンマンも被害者。

こうやってコロコロと変化を見せる子どもたち。親としては大変なところもあるだろうけれど、その家族は幸せな空気に包まれていて、私はとても居心地の良さを感じた。

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最後に近くの川辺へ。長男くんはまだ外へ連れて行けないから、お父さんと長女ちゃんとシャボン玉遊びをしている様子を撮った。

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昨年と違って、長女ちゃんはたくさん話せるようにも動けるようにもなっていた。
長男くんは初めましてだった。
来年はどんな3歳と1歳姉弟になっているだろうか。
次の会うときが楽しみで仕方がない。

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静岡に帰った翌週末。私は再びカメラを引っ提げ家を出た。
今月はファミリー・カップルフォト依頼が多く、その様子を見ることができる私としては嬉しい限りだ。
今日の撮影依頼主は私の仕事上の上司である。カメラの。必然的に気合も入る。

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かっこいい。

上司と奥様がイケメン美女である。画になる。バイクがこうも似合うのも羨ましい。

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家族の数だけ生活も話の仕方も趣味も変わってくる。同僚家族と上司家族では写真の内容ももちろん大きく変わっている。
でも両方とも家族の愛はそこにしっかりと根差していることが、それぞれの会話や空気から感じられた。

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1月ももう終わりに差し掛かった頃、妻が用事があるとのことで車で送り届けることにした。
(ちょうどいいな、静岡駅まで行ってスナップして来よう)と思い付いた。
妻を地元の駅前に送り届け、静岡駅前に向かおうかなと思ったところでふと地元のスナップをあまり撮っていないことに気付く。

確かに静岡駅前の方が栄えていて建物が乱立し、影もおもしろい形が多いかもしれない。ストリートも撮りやすい気がする。
でも、それで地元の写真を残さないって、それでいいのか?
思い直して車を停めて、自分の住んでいる町を撮ろうと町を歩いた。

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いつもなら通ることがまずないであろう場所も隈なく歩く。
まずはとある駅の周辺から。
街角の小さな公園も駅前のお店や建物も、何とはなしに見たことがあるくらいのものが丁寧に鮮明に目から頭へ情報が吸い上げられていく。
私はそこに向かってただシャッターを切っていく。

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いつもよりも多く植物なんかも撮ってみる。
私のスナップらしくはないかもしれないけれど、この冬の日に見た記憶を残すこと自体が楽しい。
ソテツの葉っぱの写真なんかはこれだけ見ると南国みたいだが。

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少し小高い場所へと移る。
同じ住んでいる町だが、場所が変われば人も変わる。光の当たり方も影の落ち方も、建物の配置も形も色々と違う。
ただここにも同じように、穏やかで平和な時間が流れていた。

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高架を渡り、住宅街を進む。初めての場所にあたりを見渡しては光と影を見つけることに夢中になる。
とりあえずなんとかなるだろう精神で心赴くままに歩んでいった結果、どこを歩いているか分からなくなる。完全に迷子だ。幸い抜けられたからよかったものの、危うく帰れなくなるところだった。
変な話だ。小さな町の小さな住宅街のはずなのに、どこまでも巨大な迷宮に感じられた。

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1月は愛を写した。
自分の家族。同僚の家族。上司の家族。
自分の故郷。自分が住む町。
愛という一文字でまとめてはしまえるけども、そこに内包する感情は無限に広がっているようにも無限に捉えられるようにも思えた。
様々な愛の形を写真に収めることができてよかった、そう思える月であった。

来月はどんな月になるか楽しみであるとともに、たぶんnoteの更新が遅れるんだろうなと勝手に予想をしている。

それでは。

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