人はなぜ旅行に行くのか?
ずっと考えていた。机の前で。
大学在学中に会社を創業して以来ずっと観光業に携わっている。
大学時代、ありがたいことにいくつかの会社でインターンとしてプログラミングのスキルを学ばせてもらって、在学中にエンジニアとして創業した。
創業間際のスタートアップというものはどこもお金がないもので、プログラミングのスキルというのは本当に重宝した。どれだけ働いても別に報酬を払わなくてもいい自分の時間は、コードを書いてプロダクトを作るための最重要かつ有限の資産だった。
自分を信じてくれている仲間を思うと、会社を抜きにして何か純粋に娯楽を楽しむということが徐々にできなくなって、少しでも時間が空くなら本ばかり読むようになった。もちろんお金にも余裕がなくて、自分だけならいいのだけど、会社のみんなをもっと金持ちにしたかったから、とにかく仕事をし続けた。
会社の業績がなんとか伸びてきて、事業規模が拡大してきた。自分が思っていたよりもはるかにクソ真面目だった自分は、それでも遊ぶということができなかった。対価として受け取った報酬や余暇も、ほぼ全てできるかぎり直接的に事業に還元できるような知識獲得に注ぎ込んできた。
大学卒業後に京都に移住してしまったこともあって、友達からの遊びの誘いも断り続けていた。それでもまだ自分と仲良くしてくれる人には頭が上がらない。本当に人生最大の財産です。
そんな中、先週末結婚式に参列してきた。
大学時代に一番遊んでもらっていた本当に大好きな先輩の結婚式だった。
式場には、会場の関係で全員ではなかったけど、大学時代に毎日のようにつるんでいた仲間たちがいた。彼らと出会ったきっかけは音楽だった。あとは大学の喫煙所。
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左は今はデータサイエンティストのトラックメーカーで、右は今は経営者仲間のマイメン
後ろにいるのが今は見る影もない痩せていた自分
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これは二回目のイベント
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ガチャピンが先輩で横で自分がVJをしている
機材搬入しすぎて、終わった後生協に自分だけクソ怒られた
みんなで集まるのなんて本当に久しぶりだったのだけど、当時の日常の延長のようで、久々に会ったという感覚はなかった。
DJをしていた先輩のセレクトした曲が流れる会場。話したことは下北沢に住んでいた当時のままだった。
音楽の話。
服の話。
会場に設置されていたコラージュアートのジョジョの話。
履修しておくべきマンガの話。
バイクの話。
将来の旅行の予定の話。
かつて過ごしていた日常は、なんだかとても久しぶりだった。
思えばこの数年間自分の感情に耳を傾けることをずいぶん疎かにしてきた気がする。自分がどう思うかよりも、努力してロジックを優先していた。
パートナーに旅行に連れて行ってもらっても、かけた時間的・金銭的コスト分、この機会を通じて必ず何かを掴み取ってやると思っていた。
そもそもなぜそこに行くに至ったのかについての認知獲得とナーチャリングプロセスであったり、現地の設備やサービスに係るオペレーションコスト、単価から考えられる必要稼働率、他に来ているお客様の属性などなど、定量化できる指標で仕組みを理解をしようと必死にメモを取りつづけていた。
宿の人に聞くのも経営の話ばかりだった。新しく出会う方々も経営者の方が多かったから、それが普通だと思っていた。
結婚式の円卓で、肩書や責任抜きに付き合える友達と話す中で、当時の自分は全然そんな奴じゃなかったことに気付かされた。
何がかっこいいのか、どんなコンテンツが面白いのか。みんなで夢中になって話していた。
感情はロジックに先立つ。
式の途中で、突然サプライズのスピーチを振っていただいた。おそらく本来は笑いをとるべき場所だったのだけど、話しているうちに自分でも気付かぬ間に泣いてしまっていた。それに気づいてからはほとんど何も言えなくなってしまった。
長尺で「ま”じで、お”れ”う”れ”じい”ん”す”よ”」程度のメッセージを伝えるに止まってしまった。
こんなにも感情的な存在だったんだ自分は。
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翌朝、案の定飲みすぎて、二日酔いでぼーっとしながら、宿泊先のホテルのベッドでテレビを眺めながらぼんやりと考えていた。
ビジネスは手段なんだ。
本当の目的は、自分が生きる意味は、人の心を動かすこと。
昔から何よりも好きなのは、自分が作った物で、人が驚くこと、喜ぶこと、笑うこと。
それを生涯続けられるように、できるだけ多くの人に感動を届けられるように自分はビジネスをしている。
そんなことに気づいて、作り直したプロダクトのピッチ資料は、不思議と今までで一番ロジカルですっきりとしていた。
5年ぶりに企画した日帰り旅行へ
結婚式から京都に帰ってきて、月曜日。
会社のメンバーでランチを食べている時に「今週末、美術館とかいかないっすか?」と声をかけた。
「らしくないすね。急にどうしたんすか?」と驚かれたけど、
「人はロジックでは動かないことを悟ったんすよね。」と言ったら、
「実はちょっと行きたかったんですよ。」とエンジニアが快諾してくれた。
ちょうど村上隆が京セラ美術館でもののけ京都という展示会をやっていたので行くことにした。
1週間昼休みや終業後に村上隆についてdigって、すでに展示会に行ってきた他のメンバーからも色々聞いて、今日ついに行ってきた。
朝10時にオフィスの近くの駅に集合して、バスに乗って美術館に向かった。
3年以上住んでいるはずなのに連休中日の午前中の京都を全然知らなかった。
バスに乗っている人がどんな属性なのか、どのバス停でどのくらい降りるのか、どのバス停でどのくらい乗るのか、移動中に誰がどんな会話をしているのか。
やっぱりそんなことを気にしてしまうのだけど、それはそれで面白い。
なにより、自分は今世界的な観光都市に住んでいるのだということに、3年も気づいていなかったことに本当に驚いた。一緒に行ったエンジニアも同じことを言っていた。
美術館に着いて、チケットを買って、入り口の前に置かれていた彫刻にまず圧倒された。
「うわ、鼻毛がかっけえ、、、。」
別に便利なわけでもないのに心が動いていた。
東京藝大の日本画専攻で初めて博士課程まで修了し、ビジネスにも精通している村上隆の作品は、自分が少しだけ勉強してきた美術史的観点からも、ずっとこれまで当事者として勉強してきた商業的観点からも面白かった。本当にずっと興奮していた。
展示されている作品に価値を感じてマーケットが形成されていること、所有しようとしたら手が届かない作品を庶民の僕らでも鑑賞できるようにしてくれている美術館のシステムのことなど、これまでに自分が考えてきたビジネスの視野の小ささを実感した。
ただ、色使いであったり、どう見たらもっと面白く鑑賞できるのかわからないことも多くて、すでに展示会を見に行っていて、もっと造詣の深いほかのメンバーに頼んでもう一度来ようと約束して美術館を後にした。
13時くらい。
一緒に行ったエンジニアは、学生時代ずっと二郎系のラーメン屋に通っていたのだけど、引っ越してきてからは、近くにあまりラーメンのバリエーションがなかった。せっかく近くまで来たし、京都のラーメン激戦区一乗寺まで行こうという話になった。
最初は、軽めのラーメン屋を2軒梯子しようと話していた。ただ、駅で電車を待つ間に、どうしても二郎系のラーメンに惹かれてしまい、やっぱり1軒にしようということになった。少し調べて「池田屋・夢を語れ」のどっちかにしようと決めた。
一乗寺の駅を降りると「恵文社」という本屋兼雑貨屋の広告が出ていて、インスタで有名ということを教えてもらって、帰りに寄ろうと話しながらラーメン屋に向かった。
二つの店を見ると「夢を語れ」の方が3倍くらい列が長く、いつもなら短い方に並ぶのだけど、せっかくならと「夢を語れ」に並ぶことにした。
食券を買って並んでいる間、1時間くらい時間があった。
時間があったので、いろいろ話をしていたのだけど、
かなりの額の調達をしているスタートアップのアプリを触りながら、
「UIやっぱめちゃくちゃいいですよね。」
「確かにめっちゃ綺麗だけど、あんまり伸びてないっぽいよ。」
「まあ確かに、綺麗とは思うけど正直使わないですね。そもそもこれ誰がいつ使うんですかね?」
「たしかにいざ自分が使うってなったら、別の方法を取るだろうし、ユースケースが浮かばねえな。。。」
みたいな会話になった。
観光ドメインにいながら、5年ぶりに小旅行を企画した自分に危機感を感じたりした。
他にも、前に並んでいる人の数を数えて、平均客単価と回転率を計算したり、フードデリバリーを活用した二郎系のブランドごとの経営戦略について教えてもらったりした。
結構待ったけど、着ていたダウンが暖かかったので、あまり不満を感じることもなく、ちょうど良い空腹感で着席した。
二郎系に似合わずものすごく接客態度が良くて、笑顔で接客してもらったことに驚いた。出てきたラーメンはマジでうまかった。
調子に乗って大ラーメン豚ダブルを頼んだけど、ロットは乱さなかった。
店を出て「もし家の近くにあったら痛風で膝が死んでいただろうね」なんて話をしながら、コンビニで黒烏龍茶を買い、雑貨屋に向かった。
途中、良さげな古着屋を見つけたので入ってみた。
下北で毎日のように古着屋に通っていた時に比べて、体感3倍くらいの価格が付いていた。円安の影響なのか、物価上昇の影響なのか、土地柄なのか、どれなんだろうと思いながら、一緒に行ったエンジニアが試着を終えるのを待っていた。
自分はじっくりと物色したかったのだけど、割とおしゃべりな店主で、たぶん最初に誰かと勘違いして熱心に話しかけてきた。途中で外国人の旅行客が入ってきて、そのあとは静かに物色できた。
一緒に行ったエンジニアは、いい感じのユニークな柄のシャツ2着の試着を終えたあと、ちょっとサイズ感が合わなかったと言って商品を戻していて、ああ、こいつのこだわりはやっぱり信用できるななどと思ったりした。
古着屋のすぐ隣に目的の雑貨屋があった。入るとなかなか一般の書店では売っていない自分的にツボな雑誌の最新号や、見たことのないZINEが置かれていた。勢いで何冊か衝動買いしてしまった。
一緒に行ったエンジニアは、彼が好きな音楽のコーナーが思ったよりも狭かったことにやや不満気味だったけど、一定満足したようでそろそろ帰ろうかという話になった。
16時くらい。
京都は碁盤の目状に町ができており、路線が一本ずれると乗り換えが面倒だ。自分たちの最寄りからは一本ずれていたので、小さく不満を漏らしながら電車に乗った。
電車の中で、自分たちのサービスを利用してくれているお客様から問合せがあり、内容的に今日中に対応する必要があった。帰りにオフィスに寄ろうと考えていると、一緒にいたエンジニアがスマホで管理画面に入って問題を解決してくれていた。美術館に行くということで、先週の結婚式に合わせて買った重くてまだ硬いちょっといい革靴を履いており、足が疲れていて一回帰りたいなと思っていたので本当にありがたかった。
他にも乗り換えのタイミングで「帰ったら、次のプロダクトで多分必要になるから、REMIXにアナリティクスツールを導入するサンプルコードを書いてみようと思ってんすよ」と言っていた。
本当にいい仲間だなあ。言わなかったけど、すごく嬉しかった。
最寄りの駅に着いて、切れていた電球を買いたかったので駅前の電気屋に寄ってから帰ると伝え、そこで別れた。
電気屋に入ると、元々写真をとってきていた電球と同じものはなかった。
ただ、電球の規格自体大した数がなく、おそらくこれでいけるだろうと多少の不安を抱えながら、そして価格の違いが何によるものなのかあまり理解しないまま、まあ廊下の電球だしなんでもいいだろうと、もともとの電球とメーカーが同じで多分同じ色の電球を持ってレジに向かった。
レジに向かう途中、Amazonで買ったものと同じモデルの洗濯機が3割増くらいの値段で最終値下げと書かれて売られていた。
そのさらに先では、腰の曲がったお婆さん向けに丁寧にカメラ付きのインターフォンについて説明している店員さんの姿があって、この店で売っているモノは本当はなんなのだろうかと考えさせられた。
レジで会計を済ませ、入り口付近に向かうと、Google Pixel 8が売られていた。2月に新しく入社してくれたメンバーが最近iphoneからpixelに乗り換えたという話をしていたことを思い出し、軽く触ってみた。
Pixelの魅力よりも先に、本体料金の安さにフォーカスしたポップが目に入った。端末上では丁寧に作り込まれたiphoneからのデータ移行のチュートリアルとFAQが表示された。消費者的に1番気になるのはそこだよなあととても納得した。
店を出て、自転車に乗って、家までの帰り道。
関連会社の水星が運営している「HOTEL SHE, KYOTO」の前を通る。
ホテルに向かう外国人旅行客が、大きなスーツケースを重そうに引きずっているのが目に入った。多分カップルだったのだけど、二人の間には少し距離があって、先を歩くお兄さんがほとんどの荷物を持ってくたびれた顔で無言で歩いていた。
自転車で横を通過しながら、少し今日のことを振り返った。
今日した小旅行は、いつでも帰ることができるし、いつでも行くことができる旅行だ。
履き慣れていない革靴ですこし足は痛いけど、もうそろそろ家に着く。
荷物も少なくて、費用もほとんどかかっていない。
また来れるから写真もあまり撮っていない。
この人たちがしている旅行とはかなり気分が違うものだな。
ホテルを通り過ぎるタイミングで、軽くフロントのスタッフさんに会釈をして家まで帰った。
昨夜は、2時くらいまで新しいプロダクトを作っていて少し寝不足だった。
大量のラーメンを食べた満腹感もあって少し寝たかったので、19時くらいまで昼寝をした。そのあと、プロダクトを作るためにオフィスに来て、そうだ今日のことを書き残しておこうと思って今に至る。
今日を振り返って
本当にすごく楽しかった。
何か際立った体験をしたわけでもないし、
長々と書いた割には驚きもなく、至って普通の日なのだけど。
とはいえ、こんな普通の日を5年くらい過ごしていなかった気がする。
スタートアップをやっていると、そして経営をしていると、世の中の変化が早すぎて、明日には死んでしまうのではないかという焦りを常に感じる。
これはこれで怠惰な自分にとっては悪くないのだけど、そんな自分とは無関係に世界の日常は続いていく。
今日すごく思ったことは、
経済活動の主役は人々の日常生活なのだということ。
あらゆる技術革新は方向転換ではなく、人々の理想の日常への加速であり、世界は勢いを増して同じ方向に向かっている。
なんだかずっとビジネスのことを難しく考えていたなあと反省した。
ビジネスは、数学や物理みたいな科学ではなくて、普通の日常の延長線上にある。
たまに普通の日常を過ごさないとどんどんズレていく。
でも多分、今日過ごした普通の日常って、あんまり普通じゃない。
生きているうちに、責任であったり、肩書きであったり、背負わないといけないことがたくさん出てきて、純粋に今ここにある現実を楽しむことが難しくなっていく。
今日という日は、時間の制約もなかった、何か明確な目的もなかった。
暇に任せて大学時代に過ごしていたような普通の日だった。
やっとここでタイトルに返ってくる。
旅行に行くのは、ただの自分として、
いつか過ごしていた普通の日常を過ごすためなんだと思う。
たとえ初めていく場所だろうと、旅の本質は懐古だ。
ノスタルジーだ。
ノスタルジックな情緒は、普段の自分から距離を取らないと得られない。
気がむくままに過ごした今日という普通の日はすごく豊かだった。
もはやそれは懐かしい、非日常だった。
普通の日常を目指して加速する世界で、普通の日常が失われていく。
ああ、このマーケットを選んで本当によかった。
また明日から、いつの間にか普通ではなくなってしまった普通の日常を作っていく。
京都という街が好きになった。
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