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ソロモンの鍵

小学校二年生のときのクリスマスにもらったのがファミコンです。カセットは『スーパーマリオブラザーズ』と『ソロモンの鍵』。

『スーパーマリオブラザーズ』はみなさんご存知の大ヒット作。おもしろい。ずっとプレイしてました。

『ソロモンの鍵』は、1画面内で魔物を倒したり避けたりしながら出口を目指すという内容のアクションパズルゲーム。

で、やってみると、このゲーム当時の私はろくに最初からクリアできない。

ほんとうに当時のわたしにはむつかしすぎる。少しやってまるで前に進めないとわかった私はすぐにサジを投げました。

以降、そのときのことを思い出すと、「うちの親はなんでソロモンの鍵とかいうクソゲーを選んだんだろう。適当すぎるだろう」と勝手にクソゲー扱いして笑い話にしていました。

※クソゲーとは低品質でつまらないゲームや初めから詰んでいるようなゲームを酷評する際に用いることば

ほんとに笑い話にしていたんですよね。他人とはなしするときも。「まったく親もよくわかってなかったんだろうなあ。センスが。。」と

ところがですよ

それから40年経ったいま。なんととある仕事の都合で、任天堂オンラインに入りました。すると無料ゲームにあの『ソロモンの鍵』があったのです。

「あ、ひさびさにやってみようかな」。そんな軽い感じでプレイしてみたのです。

「ピロピロピロピロ🎵」。なつかしいスタート画面とゲーム音。一気に7才のときの自分に時空がさかのぼります。

そしてプレイ。するとまあびっくり。。おもしろい。いやおもしろいなんで一言では形容できません。

限られた時間内にキャラクターを動かしながらも、どこにブロックを置くか先を読んで考えます。知的で創造的な知育的要素の高いゲームだったのです。

2面、3面とクリアしていくうちに、難易度は高くなります。ああ、なるほど、たしかに小学校2年生の8歳ではむつかしかったかもしれません。

でもぜんぜんクソゲーなんかじゃありませんでした。いやむしろこれは傑作です!なぜわたしは40年近く勝手にクソゲー扱いしていたのでしょうか。大いなる誤解をしていました。

そもそも『ソロモンの鍵』を調べると、世の中の評価はクソゲーではないんですよね。むしろ傑作の部類として認められていたのです。勝手にわたしがクソゲーだと思い込んでいたのです。

そう考えると、あのとき親は私のことをよくよく考えて選んで買ってくれたんですね。スーパーマリオブラザーズは王道的な横スクロールのアクションゲーム、一方でソロモンの鍵は知育ゲーム。

はじめてゲームを買い与えるには、最高の組み合わせじゃないですか。

40年を経てとてつもない愛情を感じました。この子にはマリオみたいなアクションゲームをピュアに楽しんでもらいたいとの思いもあっただろうし、ソロモンの鍵みたいなパズルゲームで先を読む力も蓄えてもらいたい。。そんな気持ちがあったのでしょう。

なんだかやさしい気持ちになりました。

仕事を通じて40年ぶりに『ソロモンの鍵』に出会って、やさしい気持ちになれるなんて、なんて邂逅でしょうか。

1985年の12月24日。両親が選んで枕元に置いてくれたこのクリスマスプレゼントは、超絶最高じゃないですか。

母は昨年末に他界し、父はひとり暮らし。愛されてたなあ。と思います。

ちゃんと考えてくれてたんだね。ありがとう。

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