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いつまでも消えない「ことば」がある
近くの映画館に韓国の名匠ホン・サンス監督の「逃げた女」を観てきました。
主人公が久々に夫と離れて、3件の友人を訪ねる淡々とした会話劇です。終始低いトーンのなかでも、微妙な心の揺れを感じ取れるよい作品でした。
途中主人公の女性が2回、誰もいない小さな映画館でひとり座ってスクリーンを観ているシーンがあります。
それを見て、自分が大学生の頃、同じような映画館でアルバイトしていたことを思い出しました。
今はなくなってしまいましたが、地元の駅前ビル3階にある劇場2つの小さな映画館です
アルバイトなので仕事といえば、チケットを切り、誘導、清掃くらいで、ほんと今思えばたいしたことはしてなかったですね。
でもまあ、映画もタダで観れたし、周りの人間も同い年くらいの映画好きが集まったりしていたので、それなりに楽しかったです。
で、そこの支配人が当時30くらいの、江角マキコと今井美樹を足して見事に2で割ったようなスラッと女性でした。内面ともに2で割った感じです。まさにバリバリと仕事をこなしていくような人でした。
でもほんと当時は、30歳くらいの若さでその映画館を支配人として運営していくのことは、たいへんだな〜と思っていました。
というのも、その映画館はメインから外れた飲み屋街にあり、昔からの裏社会、まあヤクザが取り仕切っていた名残りがあったのでしょう。
旧来のショバ代的文化が残っているので、怖い人たちの相手もしなくてはいけなかったからです。※お正月には法外な門松を買わされたり、嫌がらせで映画館の入り口に糞尿をまかれたりなどありました
でも支配人はそういった対応にもめげることなくパワフルに仕事をしていた様子でした。
また普段は、とてもさっぱりした人で、学生としても接しやすく、いろいろと話をしたことを覚えています。とはいえメインでバイトに入るのは夏休みや冬休みなのでそれほど接する機会は限られていましたけども。
そんな何気ない会話の中で
今でも思い出すのが彼女の一言です。
それは就職活動を行うわたしに対して彼女が、「マヌタくんって誰とでもフラットに話せるから、記者みたいに外に出て人の話を聞く仕事がいいんじゃない」ってサラッと言いました。
まあ軽い気持ちで私のよいところ踏まえて、アドバイスしてくれたと思うのですけど、そのひとことはあまりにもインパクトがありました。
というのも自分は人づきあいが得意ではなく、人との会話そのものが苦手だなあなんて勝手に思っていたので、あまりにも意外だったのです。
「え、もしかして自分って外に出て話をする仕事が向いているのか・・・」とほんとうに雷に打たれたくらいの衝撃でした。
結果的に就職は一般企業のバックオフィスに進むのですが、社会人になってもずっとその支配人の「ことば」が心に残っていて、途中で転職して、なんとか取材やインタビューなど人に話を聞きに行く仕事に就きました。
一度、社会人になって5年後くらいでしょうか、その支配人に連絡を取ったことがあります。すると、いまは結婚して支配人もやめて静岡にいるとのことでした。
遠かったので会わずに、そこから自分が中国に行って、携帯も変わって、スマホになって、ドイツに行って、彼女にフラれて、連絡帳がまちがって消えて、なんてしているうちに、いつのまにか連絡先もわからなくなって、完全に疎遠になってしまいました。
まあ、なにが言いたかったかというと、ほんとうに月並みですが、
その人にとってはなにげない一言でも、他人の人生を変えることがあるということです。
そしてあのときの支配人の一言は当たっていたと思うのです。
たしかに私は人の好き嫌いが少なく、最初からフラットに話せるのが強みだと社会人になって実感しましたし、口数は多くありませんが、人の話をじっくりと聞いて、その人のよいところを取り出してあげるのが得意なようです。
いや、いや、違うのかもしれません。。。
あの時の支配人の「ことば」をきっかけに自信を持つようになって、フラットな対話、人への聞き取りが、得意になっただけなのかもしれません。
まあ、いずれにせよ。支配人にはとても感謝していますね。
時が過ぎて江角マキコも今井美樹もほぼテレビに映ることはなくなり、支配人のことを思い出すことはなくなりました。
でも自分も相手のよいところをサラッと言える人間になりたいなあと思います。
これも月並みですが、ほんと自分がされたことはいつか誰かにしてあげたいと思うものですね。こんなひねくれた私でも。
だから最近、大学生の姪や中学生の甥に対して、彼女たちのよいところを、これみよがしに伝えているのですが、今のところ無視されています。無視されているどころかおこづかいを渡すと、気持ちよく応えてくれるようです。理想と現実に圧しつぶされそうです。
とにかく「逃げた女」を観ていたらそんなことを思い出しました。映画館がすきなのは、こんなふうにスクリーンを観ながらも、そのストーリーや映像から派生して、普段では考えないような、思わぬ思考に連れて行ってくれるところです。