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蛍袋の花


毎月同じ庭を訪れるということを繰り返していると、そうでなければ見ることのできない景色に出合う。
先日伺った游仙菴に、昨年七月から毎月伺っては手入れするということを続けてきて、そうして初めて迎えた六月に、蛍袋の花が初めて咲いた。もっともそれは毎月伺う中で、ここにある植物はたいてい名ざせるようになってなお正体が分からず、この姿形はなんの葉っぱだろう、ついてはどんな花が咲くものだろう、と草刈りをしながら見守っていたものでもあったのだが、来月はここにかよいはじめて一年になるという節目の、前祝いに花を頂いたようだった。
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いつものように手入れをしていると、ここで毎月催されている朝のヨガを終えた施主の美奈子さんが挨拶に来られて、あとでみどりさんがやってくるかも知れない、という。みどりさんとはここの近くに染色の工房を構える「染めものや ふくさん」のことで、今月に初めにここで苧麻から繊維と団子をつくるワークショップをされたところだった。
まもなく彼女が見えて、随分と久しぶりの挨拶を交わすと、日頃の染めもので藍色に染まったその手から緑色の団子が差し出されて、聞けば噂の苧麻団子だという。それをひとつひとつ山帰来の葉に包んだものに、自家製のお味噌に砂糖を仕込んだものを添えて、差し入れにどうぞ、と頂いた。

苧麻団子


その足でふくさんは、やはりここに生えている世にも大きい山桃の、今が盛りの木の実を摘みにきたという。山桃といえば庭木や街路樹としても見られるが、たいていは実れば落ちるままにされて、時期になると木陰を汚すので嫌われているという印象で、そうであるからは食べてもおいしくないのだろうと高を括っていたのだが、赤黒く熟したのを食べてから、あ、美味しい!と目を丸くしていう。つられて私もひとつ摘んで、本当に美味しく、その瑞々しく甘い酸味に、梅雨で呆けた頭がパッと弾けるようだった。

それからまた、この樹皮は染料に使えるということで、枝をいくらか剪定したものを——見ると切り口が黄色く、染めても黄色になるらしい——着いていた実はつまみながら、籠に次々に入れていく。施主の美奈子さんがされているネパールでの慈善活動の一環として、ネパールの手織りの布巾をここの山桃で染めて、販売して得られたお金をその活動に還していくということらしい。
そんな美奈子さんは美奈子さんで、私が縁側で昼寝をしている間に、いくつものボウルにたくさんの山桃を摘んでいたようで、これでシロップをつくるから、今度炭酸で割って飲みましょう、と帰り際に言って頂いたその言葉が、一年ここで働いてきたことの労いのように感じられた。

そうして八月末には、ここに野草研究家の山下智道さんがやって来て、念願のフィールドワークをされるという。ここに生えている苧麻や山桃だけでなく、私たちのいまだ知らない数々の恵みがここにあるに違いない。奮ってご参加頂きたいと言いたいところなのだが、あいにくすでに定員だそうで、私としては何かまた別の仕方で、ここで得たことを御返しできたらと思う。

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