お茶、はじめよ。 #1 門戸をたたく

静かな住宅街のなかに、気取らない民家があった。

HPに載っている住所はこのあたりみたいなのだけど。恐る恐る玄関に近づくと、華美ではないけれど粛然とした空気の流れる庭と中の和室が見えた。うん、ここにちがいない。

約束の9時より10分も早く着いてしまったから、玄関先で傘をさしながら待つ。はじめての体験のときに雨なんて、むしろわくわくする。シンとした空間で雨音も聞こえたりするんだろうか。

「おはようございます」

ガラガラと玄関があいて、ご挨拶してくださった。おそらく先生だ。

「おはようございます」
「音がしたような気がしたから。中にはいって。」
「はい、ありがとうございます」

玄関に入るとまだ誰もいらっしゃっていなかった。
靴を脱いで、靴をそろえて脇へ置く。ここには自然とそうさせる力があるように感じる。

部屋には石油ストーブが焚かれていて、和室にはこの匂いがよく合うよねと嬉しくなる。右手にはまだ名前がわからないお茶の道具が置かれた棚。左手にはとてもシンプルな茶室と、見学用のお部屋。どちらも8畳だ。たぶん。

茶室には、畳に囲まれて鎮座する茶釜、菜の花が2輪程度挿された花瓶、千利休の言葉(たぶん)が記された掛け軸だけがあった。なにもないって美しい。茶室を初めてみたときの正直な感想だった。

最初の生徒さんが炭のお手前をはじめるから、と一緒に見学させてもらうことに。

茶釜を両手でもってよいしょと横にどかす。真ん中に、すでに先生が用意していた種火がいた。

立派なかごに大きな炭、小さい炭、白い棒がはいっている。長いお箸みたいなのでひとつずつ掴んで、炉の中においていく。

どうやら炭のそれぞれの大きさも意味があって、さらには炭の組み方にもいろいろあるらしい。ここまでもこだわってるのか…。

しんとした茶室で炭がパチパチと音を立てる。BBQでみる炭の佇まいとはちがってみえる。置き方からこだわっているのだから当たり前なのだけど。それにしても炭火であたためたお水でお茶をいただくなんて贅沢だなあ。

炭の準備をはじめているとすこしずつ生徒さんが増えてきた。カラカラカラと引き戸を開ける音と、「おはようございます」の挨拶がセットだ。誰かがやってくるって高校の部活、大学のサークルみたいでいいなと思う。

炭も済んだし、早速一度お点前をしましょうかと言われ、お茶菓子が運ばれてくる。どんなものか覚えていないけど、とにかく綺麗で甘かった。どちらかというと黒の背景に赤の雲が描かれた菓子入れが心に残っている。

お菓子をいただく際には、懐紙(かいし)と呼ばれる紙を折りたたんで、自分の分だけを載せて次の人に菓子入れをわたしていく。
当然懐紙を持っていなかったのだけど、先生が新しい束のものをくれた。い、いいんですかと言いながらもありがたく受け取る。

さて、まずはお客さんの練習からだ、と正客といういちばんえらいお客さんの次に入らせてもらって、見よう見まねで茶室にはいっていく。

まず、扇子をどのタイミングで置いて、どうやって持って歩けばいいのかわからない。茶室に「ねじり」ながら入るの意味がわからない。唯一、すり足で1畳を6歩で進むということだけはわかっている顔をしながらごまかしながらあるく。

最初だからか、あんまり細かいことはいわれなかった。

掛け軸や生けられている菜の花、茶釜や茶道具をおく棚にご挨拶や拝見することを済ませて自分の位置につく。

対象物と正対してむきあうことって、写真を撮ること以外あんまりないから新鮮だった。カメラをもたずに正対するのいいな。

だけど、器やお花に趣を感じられるようになるには自分の五感や知識の力が必要そうだ。日々の積み重ねがお稽古の時間をかがやかせるんだろうなあ。知識をつけた先に活かせる場所があるってやる気が上がる。

お茶をつくるひとに「コイチャを飲んだことはありますか?」と聞かれる。
濃い抹茶らしい。たぶん、ないです、と答える。では初体験ですねとわらって言われる。こんなカジュアルな感じで進めてくれるのはありがたい。

茶道はひとつずつの動作が興味深い。

お酌でお茶の葉をお茶碗に移す。茶釜の蓋を擦りながらあけていく。茶釜から柄杓でゆっくりとお湯を汲み上げる。のこった分のお湯を茶釜にもどす水音がきれいだ。丁寧に、じっくりと、ひとかきひとかきをもみこむようにお茶を点てている。人がお茶を点てている姿をみているとおちつく。お茶を出す前からこの動作自体でおもてなしははじまっているのかもしれないな、と素人ながら感じた。

1つ、お茶が完成し、そっと差し出される。

隣の方がすっと立ち上がって受け取りに行く。
まずは作ってくれたひとに「お手前頂戴します」と伝える。
となりのひとに「お先に頂戴します」とことわりを入れる。
帛紗とよばれる布を左手に広げ、お茶碗をのせる。
神様に少々お祈りをするようにすこしお茶碗をもちあげたのち、右まわりに2回まわす。
両手でつつみこんで3口半で飲みきる。
最後はずずっと音をたて、ゆっくりとお茶碗をおろす。

みている分には簡単そうなのだけど、いざやってみるとうまくいかないものだ。初めてのことはなんだってそうだけど、26歳にもなって、この「全然できない」という感覚を味わえるのはうれしかった。

下手でもなんでも、結局はいれていただいたお茶は美味しい。初回はまずこのこころを持って帰っておきたいなあ。堅苦しさより、まずはね。教室のひとたちもそんな感じで和やかにみてくださっているのがよかった。最初だからかな。

そんな具合に、何回か他のひとのお稽古のお客さん役を引き受けて、お抹茶をいただいた。教室には30歳前後の女性が3人、40前後の男性が2人、40代の女性が1人、60代以降の男性と女性が1人ずつと幅広い方があつまっている。年齢がばらばらなひとたちが同じ空間をともにしてお茶をいれたり、のんだりしているのはいいなあ。

器やお花をしげしげと眺めにきているひとが集まっているのだしね。所作が丁寧で、言葉遣いがきれいな人があつまっているだけで、居心地がいい。

そんなわけで初回見学にして、この教室に通うことにきめました。
教室の中は写真も撮りづらいので、体にのこったものを文章におこしておきたいなと思って、noteは細々と続けていきます。

<今日はじめて知ったこと>
●利休梅
「りきゅうばい」と読む。中国の揚子江下流域を原産とするバラ科の落葉樹。主張し過ぎない清楚な白い花が茶人に好まれ、茶庭に使われることが多い。このため茶道の祖である千利休にちなんで、リキュウバイと名付けられた。
●橙色の帛紗で茶杓をふいたときの緑と橙の色の組み合わせがきれい
●利休の命日は天正19年2月28日(現在の暦で1591年4月21日)

それでは。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?