![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/160864457/rectangle_large_type_2_0019f3f7057cd6222fade75da886c2a3.png?width=1200)
「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」を観て感じたこと
この映画を作成する意味があったのか、と感じてしまう内容
公開日の2,3日後に映画館に行って観てきたが、正直にそこまで面白いともこの映画に対して感じられることがあまりなかったというのが率直な感想だった。
普段からあまり鵜吞みにはしたくないが、行く前にネットの評価を見ると良いどころが悪いくらいの評価だったので、ある意味怖いもの見たさもあったが、その通りの結果となった。
前作も映画館で観に行ったが正直文句のつけようがないくらいには面白いと感じられたし、賛否があったようだが「JOKER」の作品として一石を投じる内容になっていることもあり、良い映画だと思っていたので今作の出来には正直残念という一言に尽きる。
残念な点はどこにあるのか
もう視聴してから約1か月ほど経つので忘れている部分もあると思うが、ざっと気になった点を並べて振り返っていきたい。
【気になった点】
-続編を製作をする意義
-ミュージカルである必要性
-ジョーカーではなくアーサー
-全体的なテンポ
-続編を製作をする意義
そもそも、JOKERという作品は前作でほぼ完成されていて、そのエンディングについてもぼかされている部分があることから続編を作ること自体が無粋じゃないかと、今作の冒頭を観て感じた。
私自身は映画についてすべてを明らかにせず、謎に対して考察をすることは大好きなのでそういった点も前作は織り込まれていて良かったと感じさせられた。
しかし、今作についてはその前作のエンディングからの続きになるということで、個人的には前作の余韻をぶち壊される感覚になってしまった。
それでもこの作品を作り、物語を完結させる意義があればその点について特に文句はないのだが、エンディングを観ても特に感じるものが無いことから、この作品自体に対して懐疑的な目を向けざるを得ない結果となった。
場外戦のことはあまり口をはさみたくはないのだが、前作を観た人の予想を裏切るなどのコメントを目にしたが、その裏切り方も納得はあまりできない。映画の中身で訴えてくれればともかく、そうした内容はなく、言い訳のように聞こえる点は残念である。
「続編を作ることの難しさ」というのは、近年昔の作品の続編製作のパターンが増えていることから、更にシビアにみられているのではないだろうか。(少なくとも自分はどうしても懐疑的になる)
直近でいえば、例えば下記作品などがあげられる。(ちなみに全部の作品を観たわけではない)
-NARUTO
-ドラゴンボール
-ひぐらしのなく頃に
-スラムダンク(映画)
-ウマ娘(3期)
-コードギアス
-ガンダムSEED
-スターウォーズ
-インディ・ジョーンズ
-トップガン
などなど、あげればもっと多くの作品が出てくるのは間違いがないが、いずれの場合もこの作品で続編を作る必要があるのか、というのは非常に難しい問題になると思う。
前作の主人公や登場人物をどううまく扱えるのかという問題が特に大きく影響されると感じているが、上記の中でいえば「コードギアス」「ガンダムSEED」「トップガン」あたりはうまくそのあたりを扱えているという印象。
一方で「ひぐらしのなく頃に」「ウマ娘(3期)」「スターウォーズ」あたりは前作の流れをうまく扱えなかったり、そもそも続編を作る必要があったのかと、疑問を感じざる得ない作品になっている。
「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」に関しても続編を作る意義や、前作からの流れの踏襲などの観点では同様に懐疑の目を向ける形になっている。
-ミュージカルである必要性
これは作品を観た人全員が感じていると思うので、長々とコメントをすることもないとは思う。
場面展開や心情を表現する手法としてミュージカルというのはわかるが、
とにかく数が多すぎてダレてしまった。
3回目くらいから「ん?」と感じ、その以降の場面展開で身構えてしまう始末である。
レディーガガを起用したからミュージカルなのか、ミュージカルにしたいからレディーガガを起用したのかは不明だが、明らかにこの多用は不要であると言わざる得ない。
映画は洋画を中心に多くのジャンルを観ているが、ミュージカルだけはあまり性格に合わないと感じていたので、まさかこの映画でこうした感想を抱くことになるとは思わなかった。
-ジョーカーではなくアーサー
「続編を作る」の項目にもつながるが、この作品についてはタイトルを「JOKER」ではなく「アーサー」にしておけばここまで炎上はしなかっただろう。(その場合はここまで注目もされなかったと思うが)
簡潔に言うと「その設定をこの作品の続編でする必要ある?」ということだが、私の体験になるが「ダンガンロンパ」「クロノクロス」がその対象として思いついた。
作品を知らない人からすると申し訳ないが、例えば「ダンガンロンパ」は1,2ともに非常に好きな作品で「V3」を非常に楽しみにしてプレイしたのだが、このゲームもエンディングについて多くの賛否両論を生んだが、私はどちらかというと否定側だった。1,2のキャラクター像,世界観を壊してまでその設定にする必要があったのか、正直今でも疑問に感じている。
「クロノクロス」について私は最近プレイしたのだが、当時プレイされていた方はなぜクロノトリガーの続編としてクロノクロスの設定にしたのかと、疑問に感じた方は多かったのではないだろうか。前作のキャラに不幸な設定などをつけてまでやる続編を作成する必要があるのか、正直クロノクロスについてはそれを覆すような要素も感じられたので、作品自体は非常に好きです。
JOKERの話にもどるが、この作品がアーサーという恵まれない人生をたどった一人の良心を持った男が、偶発的にJOKERというカリスマ性のあるテロリストとして望まずとも初めて世間から脚光を浴びた結果を描きました、ということであればわかるが、あくまで「JOKER」という主題にするのであれば今作の結末は到底認められるものではない。
ただアーサーというタイトルであればここまで注目を集めなかったので批判もそこまでなかったが、そもそも私も見ていなかった可能性もあるので、近年の炎上商法などを顧みるにその点については非常に難しい問題でもある。
-全体的なテンポ
この映画は2時間半ほどの長さになっているが本当に長く感じられた。
要因としては作品自体への没入感だったり、登場人物への投影、ストーリー構成面白さなど多々あるのだが、結果この物語では特に何も進展をしていない点があげられる。
前作は人気のないピエロを演じる悲しい境遇にいるアーサーの説明から、虐げられた結果の上級民に対する反抗、出生やTV出演でのクライマックスな場面転換によるテンポが非常に良かったのを覚えている。
しかし、今作は収監されてからの様子や裁判の場面くらいしか動きがなく地味な描写が続き、物語自体にも大きな進展がないので、言ってしまうと緊張感が無かった。極めつけ、先の見えるミュージカルのシーンがだらだらと描かれているので上映時間以上の時間を感じられた。
終わりに
JOKERとしての続編でなければそれなりの映画になったという印象だが、如何せん中身が薄いというのは否めないという結論。
映画外でのメッセージを込めるなとまでは言わないが、映画を製作する以上は営業の内容で勝負をしてもらいたい。
少なくともこの映画を数年たった後に観たいかといわれると、顔を横に振らざる得ない。
B級映画はB級映画でもいい味の出ている面があるので、例えば「少林サッカー」や最近観た「スオミの話をしよう」は頭を空っぽにして楽しめるが、こういう重いテーマで少しでも描写を見落とすと内容がはいってこなくなる映画は、きちんとした作品を選定してみるべきであると、感じさせられました。