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断片的な記憶
都会の夏は暑い。夜なんかクーラー無しじゃ寝ることができない。僕は電気代をケチって、窓を開けて寝ていた。あのロフトには熱気が貯まっていた。なので、夏場は下のソファで寝ていた。バイトの夜勤明け、酔っ払ってそのままソファで寝るにはちょうどよかった。
そんな7月、喫煙を覚えた。部屋で吸うときはよくベランダにでてた。
ベランダの眺めはよくない。目の前には電線が通ってるし、前の家の窓がよく見える。窓を開けてると向かいの家の女子高生の会話なんかがよく聞こえた。お泊り会でもしてるのかな。たまに、ピアノの音なんかも聴こえたりした。歌声も可愛らしかった。
***
僕にとって、ベランダは本当に居心地が良かった。8月に入り夏休みになった。暇が増えたから、よく友達を呼んでうちで飲み会をした。スマブラしたり、麻雀したり。喫煙はベランダに出てするようにお願いしていた。
「一人暮らしって寂しくないの?彼女でも作れば(笑)」
と友人のA君が訊いてくる。
春のロフトの記憶がよみがえる…
「余計なお世話だよ笑」
そうやって皮肉まじりに笑って、タバコの火を消した。
***
大学生の夏休みは長い。連日の夜勤バイトで疲れていた9月。そんな長い夏休みにA君はよく家に来ては、ベランダでタバコを吸っていた。
「俺にカワイイ彼女できないかな~」
とよく独り言ちていた。そんな時、Sちゃんからラインが来た。
「いまからいっていい~?」
3ヶ月ぶりの彼女からのライン。動揺した。「僕の友達いるけどいい?」って返信した。大丈夫らしい。暫くたってから彼女が来た。
A君、Sちゃん、僕の三人がこの男くさい部屋に集った。これ何メン?と問いかけ、異様な雰囲気醸し出す三人が、男くさいワンルームに集まる。どうにもこうにも気まずい。そんな気まずさを紛らわすように僕は冷蔵庫から、発泡酒を人数分取り出した。A君はトーク力が他の一般大学生よりかは高く、またギャグセンスにも優れていた。
「わたしもandymori好きなの!」
とSちゃんが『ベンガルトラとウイスキー』のAメロを早口で口ずさんでいた。音楽の話で意気投合する二人。話はアルコールが回ってきてたのもあって、どんどんヒートアップしていく。気づけば僕の知らないバンドや古着の話をしていた。そこに僕が割り込む余地もなく、知り合いのSNSをチェックしながら、淡々と缶を口に運んでいた。静かになったなと思えば、二人はベランダで燻らせていた。
「眠くなったからもう寝るねと。」と告げて、あの暑苦しいロフトに僕は一人上がった。そのあとの二人がどうなったのかは知らない。朝起きれば、狭いソファで二人で寝ていた。
その後も複雑な縁があってか、この三人で度々飲みに行った。最寄り駅の安い焼き鳥屋、渋谷のシーシャバー、新宿ゴールデン街のラーメン屋。都内の至る所に赴いては、酒をしばき倒した八月。うすうす感づいていたけれど、あの二人は恋仲になっていた。
***
この下書きを読み返す。あぁ、まさに、共感生羞恥そのものじゃないか。でも事実であることに間違いはない。断片的な記憶はいつでもふと脳裏に蘇って僕を襲ってくる。きっとみんなそう。「こういった文章を書くことに意味はあるのか。」と問われたとて、僕はアンサーできる自信がない。情報の砂漠にこうやって、爪痕を残そうとしてる自分のしょうもないレゾンデートルが恥ずかしく思えてくる。
10月某日、この記事を供養する。