「信じる」のは何か、誰か。『羊の木』
あれよあれよという間に公開され、すでに多くの劇場で終わってしまったが、2月に『羊の木』という映画を観に行った。
さびれた港町・魚深に移住してきた6人の男女。
6人の男女の受け入れを命じられたのは市役所職員の月末(錦戸亮)。
最初は何も知らずに彼らと接していたが、あるとき真実を知る。
「彼らは全員、元殺人犯」
受刑者を仮釈放させ過疎化が進む町で受け入れる。刑務所にいる期間を短くすることで経費を削減し、過疎化を食い止める……一石二鳥の国家極秘プロジェクト。
元殺人犯は普通の生活を送れないのか。人から警戒され続けなければいけないのか。そして、“殺人犯ではない一般人”は彼らを信じられるのか……。
錦戸さんが主演ということで観に行ったわけだけれど、なんとも味わい深いサスペンスだった。
人は目の前にいる人が“元殺人犯”だと知れば、平常心ではいられないのが大半だ。
また“元殺人犯”も、自分の過去を知られたら、拒まれるかもしれない、と警戒する。
キャッチコピーに『信じるか 疑うか』とある。これは、いわゆる“善良な市民”にも“元殺人犯”にも言えることなのだろう。
元殺人犯を演じる役者さんたちもすごい。
過去の背負い方がそれぞれ違うのは当たり前なんだけれど、月末に対する態度も違う。
その中でも異質だったのが松田龍平さん演じる宮腰だった。
ほかの5人と違い、人懐っこくて月末のコミュニティに入りたがる。
須藤(松尾諭)や文(木村文乃)とのバンドにも入ってくるし、いつの間にか文と付き合い始めてしまう。月末がずっと片想いしていたものだからまたややこしい。言っちゃいけないのに、宮腰が元殺人犯であることを文に言ってしまう(とは言え、すぐに宮腰に正直に話して謝るあたり、月末は人が良い)。
しかし、彼はとんでもないサイコパスで、物語終盤、過去に殺した被害者の父親を殺すし、その現場を写真に撮っていた北村一輝さん演じる元受刑者杉山(とたまたま居合わせた人)を殺してしまう。殺害シーンは、映画館で思わず「ひっ」と声が出そうになったほどだ。
単純に「宮腰、怖いなあ、不気味だなあ」と思ってしまうところなんだけど、宮腰の月末に対する執着が感じられた。
元受刑者だと知っても、月末は分け隔てなく話をしていた。怖がることもなかった。「友達」という言葉に妙にこだわっていた感があったので、月末と友達になりたかったのだろう。月末から文との高校時代の話を聞いて「いいな」と言う。話を聞いてると僕も月末くんと同級生だったような気分になる、と。
本当は宮腰は誰も殺したくなかった。殺したのは、月末と友達でいられなくなる、と思ったからなのかな。もう逃げられない、捕まってしまうとなったとき、宮腰は月末に一緒に死んでほしいと思ったのだろうか。
それとも、「僕が友達だと思った人は本当にいい人だったんだよ」と証明したかったんだろうか。
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物語で感嘆したのは、お手本のような構成だな、ということだった。
物語の始まり
↓
不安(月末の元受刑者に対するもの)
↓
事件(港で不審な遺体が上がる)
(元受刑者が事件に関わりがあるのでは、という月末の不信感)
↓
解決(見つかった遺体には事件性なし)
↓
ほのぼの(宮腰と月末たちの絡み)
(ただ、根底に不安さを掻き立てるものはある)
↓
事件の気配(宮腰を探す人物の登場)
↓
事件が起こる。
↓
解決へ。
一旦、解決したところで、なんとなく安心はしてしまう。
それは単なる前フリにしか過ぎず、そのあとに、港でまた遺体が見つかる。今度は宮腰が殺した人の。
一度ミスリードされることで、そのあとの事件がよりショッキングに感じられるのだな、と納得。
あとは、BGMの効果がすごい。これでもか、ってほど不安を掻き立てる。
月末、文、須藤のバンドシーンもそう。
ギターをやっている文がそんなにうまくないから不協和音がすごい。
耳障りなせいで特に何も起こらないであろうというシーンなのに、心がザワザワする。
物語の中で印象的だったのは、月末がそれぞれの元受刑者を迎えるときのセリフだ。
「いいところですよ。人もいいし、魚もうまい」
6人の元受刑者と初めて会ったときに言っていたもの。全く同じセリフを繰り返す。
あれ、栗本(市川実日子)のときだけ言っていなかったかな。
舞台挨拶の際、言い方をどういうふうに変えていたのか、という質問が上がっていたのだけれど、錦戸さんが
「子どもとおじいさんとじゃ同じ内容のことを言っていても言い方は変わりますよね。だから、自然と変わりました」
というようなことをおっしゃっていたのだけど、それが、それぞれの元受刑者のキャラクターを作る要因になっていたのかな、と思った。
ほかには、迎えてすぐに、みんな何かしら食べるシーンがあった。
栗本と大野(田中泯)はなかったけれど、代わりに本人をイメージづけるシーンが差し込まれていた。
登場人物が多ければ多いほど、キャラを印象づけるのは難しいだろうと思うんだけど(少なくとも私はできるだけ少ないキャラクター数でどうにかしたいと思ってしまう)、なるほどなあ、とメモしてしまった。
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