アドラー心理学入門講座に参加して②/仮想論
今日は、仮想論について書きます。対人援助職に就く者は、この仮想論の考え方を理解しなければいけないと思っています。
アドラー心理学の基本前提としての仮想論
アドラー心理学には、5つの基本前提があります。基本前提なのでアドラー心理学の土台となる考え方です。その5つは以下のとおりです。
私は、この5つの基本前提を使うことで、今の福祉サービスの原則や課題を説明できると思っています。今日は、この中から仮想論を取り上げます。
仮想論
仮想論の考え方は「私たちは自分の好きなように世界を見ている」という考えです。そう説明すると「そんなことはない、一般的に見てもそう見える」と反論されます。しかし、これはその人にとって一般的だと言っていることにすぎません。あくまでもその人が一般的として見たくて見ているということです。対人援助における支援は、ここから支援者主導であったりパターナリズムにおちいります。この仮想論を採用することで、対象者の世界観を認めることができます。なお、この仮想論はドイツの哲学者ハンス・ファイヒンガー(Hans Vaihinger)の「かのように(as-if)の哲学」に基づいています。
「かのようにの哲学」では、「あたかもそうであるかのように世界を見ている」と説明しています。私たち支援者は、対象者をあたかも制度上で分類されている障害区分の通りであるかのように見ることがあります。また、そうすることでその人は支援が必要な人と決めつけています。
社会人になって最初の失敗
私の失敗談で説明します。私が、初めて障害福祉の仕事に就いたのは昭和が終わる少し前です。障害のある人が活動する小規模作業所に就職をしました。私は、学生のころからそこでボランティアをさせていただいていたことで、そのままそこに就職をしました。私が就職をしてすぐのころの話です。
ある日、作業所に以前に私と一緒にボランティアをしていた女性から電話がかかってきました。当時、その女性は私より少し上で22歳ぐらいの女性でした。また、その方は私がそこに就職する直前にボランティアを辞めていました。その方が、私に話したいことがあると言うのです。そこで私は「仕事が終わったらお茶でも飲もう」と言って電話を切りました。それから数日後の午後に彼女がやって来ました。みんなにも会いたいからと言って、約束の時間よりも早くやって来ました。
私は、あらかた自分の仕事を片付け、会議室を用意して彼女に声をかけました。
「おまたせ、どうぞ、何飲む?コーヒー、紅茶?」
しかし、彼女は、しばらく無言でした。その後しばらくして彼女が言いました。「約束が違う、お茶を飲みながら話そうって言ったのに。」
私は、そこで初めて自分の過ちに気づきました。
彼女には、少しだけ知的な障害ありました。それ以上に強い精神障害を持っていました。私は、それだけでその女性を利用者であるかのように見ていたんです。これが「かのようにの哲学」、仮想論です。
「仕事が終わったらお茶でも飲もう」そう約束をしたら、相手はどこかお店でお茶を飲みながらと思っても不思議ではありません。しかし、私は相手を利用者に近い存在として見ていたため、仕事の延長として会議室で話を聞こうとしていました。
対人援助職が意識しなければいけない仮想論
私たちが、これは事実だとか客観的だと思っていることの多くは、自分にとって都合の良いように自分の価値という色メガネで見ています。自分の中にはすでに答えがあって「あたかもそうであるかのように」見ています。対人援助職は、このことを知らないとまちがいを起こします。
対人援助においては「援助計画(支援計画)」を作成してそれに基づいて支援をします。しかしこの計画は仮説です。実際の支援は、ひとつひとつがその検証です。そのために援助過程には「モニタリング」という過程が義務付けられています。
また、この「援助計画(支援計画)」には対象者本人の同意が必要です。ただし、援助者と対象者の関係において対象者はパワーレス状態にあること予想されます。よって対象者本人が同意したからといって、支援者はあたかもそれが本人の意思や希望でであるかのように思い込み、それをおしとおそうとしてはいけません。
対人援助職は、仮想論という考え方を知ることで支援者主体の支援から抜け出すことができます。