アドラーフェストでの発表から/課題の分離の誤用
03月13日、オンラインによる第6回アドラーフェストで発表をさせていただきました。アドラーフェストはアドラー心理学を研究、実践する仲間が集まるお祭りです。今日は、私の発表の中でお話をした、「支援者に受け入れられなかったアドラー心理学」と「勝手に解釈された課題の分離」についてnoteを書きます。
支援者に受け入れられなかったアドラー心理学
私は、アドラー心理学を応用した障がいのある人の支援についての事例を発表しました。その発表の中で、福祉の現場でアドラー心理学を基本にした説明したとき、支援者の反応があまり良くなかったという報告をしました。
私は、障がいのある人が利用する社会福祉法人を経営しています。法人の中には、日中活動を支援する事業所、生活を支援する事業所、相談を受けたり他の事業所と連携をする相談事業所があります。支援者の反応は、法人内外を問わずあまり良いものではありません。
私は、早稲田大学エクステンションセンター中野校のアドラー心理学講座と、アドラー心理学を基本とする子育てにおける親の育成プログラムパセージを学びました。パセージで学んだことを自ら実践し、講座で学んだことを会議で伝えました。しかし、その反応は冷ややかで、「そうは言っても」とか「髙橋さんだからできるんですよ」と言われていました。
また、私がいろいろなところでアドラーの話をしていたころ、アドラー心理学をモチーフにしたテレビドラマが放送されました。その影響もあり、アドラー心理学の話をすると「あっ、アドラー、課題の分離ね」という反応がありました。
勝手に解釈された課題の分離
アドラーフェストでは、向後千春先生がアドラー心理学の誤用について話され、その中で課題の分離について取り上げました。
課題の分離という言葉は、パセージの中に出てきます。しかし、アドラー心理学においては、課題の分離が目的ではありません。その後に適切な手順をふみ、共同の課題を作ることで援助をすることができます。そうすることで共同体感覚を育成することができます。それが目的です。
また、課題の分離の流行は、利用者支援において弊害が出ました。私の話は受け入れないのに、課題の分離だけを取り上げる支援者がいます。
それは放任です
障害福祉サービスにおいては、利用者本人の意思を尊重することが大原則です。また私たち支援者の仕事は、本人が正しく選択をして意思決定ができるように支援をすることです。それを意思決定支援と言います。
利用者の中には、将来的に自分に不利益にはたらく選択をする人がいます。たとえば暴飲暴食の選択です。そのときは、食べたいという気持ちを汲み取ったうえで、将来のリスクについて一緒に考えて、リスクを回避できるように支援します。しかし、中にはリスク回避の選択に納得できず不穏になる人がいます。そのとき、課題の分離を誤用する支援者がいます。
「食べる食べないは本人の課題だよね、食べちゃうのは仕方ないんじゃない…。」
これは、意思決定支援ではありません。放任です。
ある場面では、「そうは言っても」と言われ、ある場面では「それって課題の分離だよね」と勝手な解釈をされて困ったことがありました。
明日は、なぜ福祉分野ではアドラー心理学が受け入れられないのか、具体的な例をあげて考察します。