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【小説】第10話『氷点下の挑戦(全14話)』

【注意】この小説はフィクションです。

登場人物は架空の人物であり、登場する場所や、小道具などは、実在したり、しなかったり、ユーモア小説としてお楽しみください。

(全14話)です。

明日、10話〜14話まで予定。

よろしく、お願いします。

 ―1週間後―

 金城は、再び東京の文芸夏冬本社に呼び出された。通された会議室では、担当編集の玲子一人で、「三ツ矢サイダー」の平野と、その隣に、紙とセーラーのボールペンでメモを取りながら、もう一人、20代と思しき綺麗な女が据わっている。

 若い編集者に案内されて、金城は再び呼び出され、会議室へ通された。

 金城を見つけるなり、玲子が困ったような顔をして頭を下げた。

「金城さん、すみません。毎週、お呼び立てして」

 金城は、玲子が呼びつけるのには何らかの理由があるのだろうと思って来てみたら、こないだ注文を付けて来た「三ツ矢サイダー」の広報担当・平野が、紙とセーラーのボールペンでプロットらしきものを作って待ち構えているシナリオライターと言うよりも、構成作家、いや、ライトノベル作家と思しき垢抜けない上から下まで”森っぽい”装いの女性を連れている。

 平野が立ち上がると、若い女性も続いて立ち上がって金城にペコリと頭を下げた。


「こちらは、今回の映画化のシナリオを担当するライトノベルで大人気の夢川《ゆめかわ》宇宙《そら》です」

 平野に、紹介された宇宙《そら》のことを、金城はあまり知らない。

「夢川宇宙さん、ですか、はじめまして金城星司です」

 宇宙は、恥ずかしそうに伏目がちに、ずれる眼鏡を直しながら、金城に返事をした。

「初ずめまして金城先生、私、今回、シナリオははじめてですが、よろずくお願いします」

 金城は、首を捻って、問い返した。

「シナリオははじめてですか?」

「はい、わたす、東京はずめてでして……あの、その、シナリオもはずめてで……あの、その、上手ぐいえねぇーけんど、よろずくおねがいします」

 と、しっかり頭を下げた。

(ああ、この娘は、金城の作った内容が気に入らない平野が、自分のアイデアを好き勝手に、シナリオを書き換えるために連れて来た、素人同然のライトノベル作家だろう)

 金城が、哀れそうな目で宇宙を見つめていると、宇宙は言葉をつづけた。

「あたす、未来ちゃんと、一緒で、金城せんせの小説の大ファンでして、読んでくれでるが知んねぇでずけども、何度も、ファンレターさ出すてます」

 と、モジモジする。

 金城は、自分の元に届いたファンレターは、すべて目は通している。出来ることならば、返事を返してやるのもやぶさかではないが、玲子を通じて届くレターは全て、国家機密で住所・氏名は、丁寧に黒塗りされている。

 平野が、話を引き取って、金城に言った。

「金城さん、あなたの手直しした第二稿目を通しましたが、やはり、あなたは未来を分かってない。古小説みたいで、描写が細かくてテンポが悪い。もっと若者ライトな層に受け入れられるドラマチックな展開が必要だ。それに、金城さんの感性はもう古い。だから、若い感性を持つ新人ライトノベル作家の宇宙さんを、高橋さんに紹介してもらいました」

 金城は、玲子を見て尋ねた。

「玲子が、この娘を紹介したのか?」

「金城さん、断りもなく勝手な判断で、申し訳ありません」

 と、頭を下げる。

 平野は、金城を見下すように、顎をしゃくって言った。

「とにかくね、映画のシナリオは、宇宙と私で作りますから、よろしくお願いしますよ」

 と、好きな事だけ言って、平野は「次の打ち合わせがありますから」と、宇宙を残して会議室を後にした。

 残された宇宙は、おどおど自信なさそうに、玲子と、金城の顔をキョロキョロ見ている。

「あの、あたすどうしたら?」

 玲子が、話を引き取って、金城に声をかけた。

「金城さん、色々話したいこともお有りでしょうから、宇宙さんと三人で、社の近くのカフェでランチしながら話しましょう」

 と、カフェへと連れ出した。

 玲子の案内した喫茶店は、文芸夏冬にほど近い、階段を潜った地下にある知る人ぞ知る隠れ家のような店だ。

 ここの店主は、客の顔を見て、コレクションのコーヒーカップと軽食をお任せで提供する。

 玲子の前には、スタンダードな白磁《しろじ》のカップとコーヒーを、宇宙には、グラスにメロンクリームソーダ―を持ってきた。金城には、マイセンのカップと皿。独自のこだわりの製法で作ったブレンドコーヒを運んで来た。

 玲子が、店主に会釈すると、店主は、「ごゆっくり」とにっこり微笑んでカウンターの奥へ消えてった。

 宇宙は、嬉しそうに「あたす、東京さ来て、こんだらオシャレなお店で、クリームソーダさつつきてぇーっておもってまじた」と、嬉しそうに、ちょこんと乗ったさくらんぼを食べる。

 金城が、玲子の顔を近づけ、耳打ちする。

「この娘、だいじょうぶか?」

 玲子は、ニッコリと笑顔で返す。

「心配、ありません。若いですが、いずれこの娘は、今回がそうなるかはわかりませんが世に出ます」

 金城は、「そうか~」と玲子の作家を見る目に感心して、身を引き背もたれに体を預ける。

「で、オレの小説をどう料理すんねん」

 金城の大阪弁に、宇宙が反応する。

「あら、やんだ。あたす大阪弁はずめて聞いただ。金城先生たば、お国言葉は大阪弁で訛《なま》ってるでずね」

(訛っているのは、宇宙。お前だ。オレは、大阪弁で君よりましだ)

 と、言いたいが、この純朴そうな宇宙を傷つけたくないので、笑顔で「そうや。オレは大阪弁や」と返事をして安心させた。

 玲子が、話を進めてた。

「原作は、金城さんで、シナリオは宇宙さんですが、何しろ、宇宙さんは、実際問題、シナリオを書いたことがありません。ここは、どうでしょう。金城さんがシナリオの中ハコまで書いて、私と宇宙さんで仕上げるというのは?」

 金城は、腕を組んで考えた。

(それだと、実際問題。オレ一人で書いた方が上手くいく。しかし、玲子が間に入って、宇宙を使うということは、クライアントの平野の口出しで改変されるのだろう。だが、この形が、玲子が出したベストの折衷案《せっちゅうあん》なのだろうと、腑に落ちた)

「わかった、そうしよう」

 玲子は、破願して「よかった。金城さんがOKを下さって、実は、この話も、平野さんと編集長との間で、すでにGOサインが出ていて、金城さんの了解なしでも強攻する予定だったんです。金城さんに不義理をしないで済んで良かったです。

 玲子は、ホッと胸を撫でおろした。

 玲子は、思い出したように、ポンッ! と手を叩いて、「そうだ。今日も近くで『Tropical Breeze』のライブがあるから、金城さんと宇宙さん、二人で行って新しいアイデアを何か掴んできてください」

 と、チケットを金城と宇宙に渡した。

 宇宙は、舞い上がるように顔を上気させて喜んだ。

「うわぁ~、あたす、本当の『Tropical Breeze』さに会えるだか、うわぁ、そんだらば、あたす、もっと、オシャレさしてぐるんだった」

 と、慌てている。

 金城は、宇宙に言った。「大丈夫、オレより浮いてない」



 今日も、ステージの涼宮未来と『Tropical Breeze』は輝いている。前回より、心無しか、一段と輝いている。

 宇宙に至っては、ペンライトやタオル、ウチワを買って本気でエンジョイしている。

 ステージの未来が言った。

「みんなで、ペンライトを振って、ない人はスマホのライトを灯けて、みんなで天の川を作ろう!」

 と、ファンに呼びかける。

 宇宙は、夢見心地で、ペンライトを振っている。反対に、金城は、黙って腕組みして見ているだけだ。

(アレ? 未来の表情がどことなしに固く見える。目の奥に歓喜がない。やはり、家庭の事情で悩んでるのか……)

 そんなことを思っていると、宇宙が「金城先生さは、『Tropical Breeze』さ、ライブ楽じくねぇ~だか?」

 金城は、真顔で、宇宙を見て「オレは、こういう人や。どーしても、ステージの裏側を考えてしまう。これでも、楽しんどる」

「金城先生さは、今を楽しむ感性がねぇ~だな。こんなに嬉しいのに」

 その日の最終の新幹線で、自宅に戻った金城は、机に向かう手が動かない。

 どうしても、宇宙が言った言葉が頭から離れないのだ。

「金城先生さは、今を楽しむ感性がねぇ~だな。こんなに楽しいのに」

 図星だ。昔から、金城は裏方の考え方をしてしまう。若い頃、脚本家の師匠の口癖を思い出した「向こうに回って物を見ろ、それが本当の創作者だ。」金城は、その言葉を胸に刻み、常に客観的視点を持つことを心がけて来た。しかし、今の自分には、その視点が重荷になっているように感じる。

「う~ん、若い感性で書けへん。オレの腕は、型にはまり過ぎとる。困った」

 金城は、床に積まれた校閲原稿を見返した。成功した作品が並ぶ本棚を見つめながら、自分のスタイルが時代遅れになっているのではないかという不安に駆られていた。「昔は、これでよかった。でも。今は違うのかも知れない」と、心の中で呟いた。

 パチン! パチン!

 金城が、A4の紙にシャープペンシルで殴り書く、芯先が、力加減を間違えたのか、何度も折れる。

「あーもう!」

 金城は、アイデアの紙をグシャグシャに丸めて捨てる行為は、滅多にしない。

 それは、師匠が「どんな、下手なアイデアでも丸めて捨ててしまうようではアカン。置いとけ!」が、口癖《くちぐせ》だった。「そのアイデアの種は、忘れたころに芽を出す」と教え込まれた。

 だから、金城の部屋は、本と校正原稿が山なのだ。

 しかし、自分の感性の限界を感じて筆が進まない。机の上には、加筆修正・未完成小説が白紙のままだ。「オレはもう、若い感性はないのか?」と自問した。未来や宇宙のような若い世代に追いつけない自分に苛立ちを感じながら、どうすれば良いのかわからなかった。

 金城は、なんとなく、東京の玲子にSMSを送った。

「玲子、オレはもうアカンかも知らん」と、金城は玲子に打ち明けた。「若い感性が分からない。オレのやり方はもう古い」

 玲子は、絵文字でスマイルマークとともに答えた。「金城さん、あなたの経験と知識は貴重です。でも、時には新しい風を取り入れることも必要です。未来さんと宇宙さんと一緒に新しい視点を学んでみてください」

 金城は、今までの作家生活で、こんな弱音は玲子に吐いたことはない。つい、口が滑った。つい、本音をメールで送ってしまったのだ。

 しばらくすると、玲子から、URLのリンクを添付して送って来た。

「未来さんと『Tropical Breeze』の武道館ライブの様子が、今、ネット配信しています。騙されたと思って、一度、見てください」

 だが、金城の部屋にはテレビもねぇ、ラジオもねぇ、スマホもねぇ、いまだにガラケー使ってるのだ。

 駅前のネットカフェに走った。

 カタカタカタ……ポチッ!

 暗いブースで、のぞく画面はキラキラしていた。

『Tropical Breeze』のメンバー7人は、一度は夢を諦め道を離れた者たちだ。でも、心の奥底で燻り続ける魂の悲鳴を抑えきれず、異色のプロデューサー元・アイドルだった村木紗枝がこれと見込んだメンバーを直接、一人、一人、声をかけ集めた選ばれた6人だ。

 赤は、元・超人気アイドルグループの姉妹グループ出身で、人気に火がつかない不安に負け、一端は、道を離れたが、胸の奥にしまったステージへの思いがあった。

 青は、普通の女の子だ。でも、子供の頃に見た夢を追い、小さなステージだったが、自分のステージカフェで働きながら人気を博し、声が掛かった。

 黄色は、個人の美少女モデルだった。ハーフで妖精のような可愛さで、界隈では人気だったが、まだ高校生で、ステージを目指すか、このまま個人で活動をつづけるか迷っている時に、スカウトされた。

 緑は、小学生の頃から可愛くて、地下アイドルをしていた。人気はあったが、事務所のプロデュース力が弱く。上のステージに上がれず、藻掻《もが》き苦しみ、不運にも膝の怪我で、一年間の休養を余儀なくされ、活動休止、脱退となり、夢破れて落ち込んでいたところを拾われた。

 ピンクは、SNSで人気の動画配信者だった。独特の幼さで人気だったが、事務所に所属していないため、収入にはつながらず、身の振り方を模索していた矢先、メンバーになった。

 紫は、地下アイドル活動歴は長い苦労人だ。歌唱力があって、これまで、どれほど頑張っても、頑張っても、ヒット曲に恵まれず、グループは解散。路頭に迷っていた時にボーカルリーダーをして欲しいと頼まれ加入した。

 この6人は、プロデュ―サーの村木紗枝が選んだメンバーだ。

 だが、ここに、西宮で燻っていた宇宙人、涼宮未来が、東京進出。事務所を探していた時、『Tropical Breeze』を結成するとたまたま知り、これまで心の奥に閉まっていた「ステージに立ちたい!」と封印していた思いが爆発して、自己から志願した。

 それぞれの想いを、手紙の形で応援してくれるファンに正直に話す『Tropical Breeze』に金城は魅せられた。

 未来は、言った。

「私たちは、一度は夢を諦めた人間です。でも、もう一度、一から全力でアイドルすれば、輝けるんです! それを、私はある小説から学びました。始めるなら今が一番若い。成功は、失敗を繰り返しても、決して諦めないことだ!」

 これは、金城の作品の言葉だ。金城は、スランプに苦しむ自分を主人公に重ねて語らせた。それを、未来が間にうけて行動して、実際に、武道館のステージに立ったのだ。

 金城は、心が震えた。キラキラとした素直な想いに、自分が殻に閉じこもり、評論家のように、他人の荒を探して悦にひたる自分を恥じた。

「オレは、この子たちと未来のために自分を変える勇気を出そう。オレも変わるのだ!」

 と、決心を固めた。

 つづく

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