【小説】第12話『氷点下の挑戦(全14話)』
【注意】この小説はフィクションです。
登場人物は架空の人物であり、登場する場所や、小道具などは、実在したり、しなかったり、ユーモア小説としてお楽しみください。
(全14話)です。
明日、10話〜14話まで予定。
よろしく、お願いします。
「17:00」
金城は、宇宙との擦り合わせで、新しい視点が広がった。
宇宙とだけ、擦り合わせをして、主役の未来と話さずに大阪へ帰るのは、違うような気がして、『Tropical Breeze』のライブを見て帰ることにした。
玲子を通じて、プロデューサーの紗枝に話を通して、いつも通り立ち見自由席、最後方でステージを見ることにした。
「『Tropical Breeze』は、こんなでかいステージでライブするのか!」
東京ベイホールは、8000人収容のホールで、女性アイドルグループが満員にするのは稀《まれ》だ。
現在、日本では、女性アイドルグループが乱立している。それだけでも競争が激しいのに、韓国からのKーpopアイドルの進出も当たり前になり、ファンの奪い合いが激化している。
『Tropical Breeze』は、プロデューサーの村木紗枝が元アイドルだというのもあり、ファンの誘因への勘所が一級品だ。人気SNSでメンバー7人が、日々、動画をUPし若い世代へのアプローチし、バズり曲『かわいい私のヒミツ』が生れた。8億再生も記録し若い世代の人気急上昇中だ。
ステージのメンバ―は、人気に火がついた今でもファンを大切にする。わずか、2年で売れて、新規のファンも毎日増えて行くが、古参のファン。例えば、界隈では有名なオタキングOさん。「投資」と称して多額の資金を投じるファンたち。
メンバーは、太い客だから、特別に認知している訳ではない。太客も、初参戦のファンも、一人、一人の人間として、寝る間もないほど忙しい中で、大切にしたいのだ。
それは、ファンとの直接の交流、特典会の対応でもわかる。コロナ対策の為、透明なプラスティックシート越しではあるが、名前を呼び、前回も特典会に参加したファンがいれば、話し足りなかったことを話したり、生活の変化、進学・就職、うれしさ・楽しさを報告しに来る。
金城は、後ろの方で、自分には関係ないように、参加せず眺めている。
と、そこへ、一人の見覚えのある品の良い女性が、金城に声をかけた。
「あのー、金城せん↑せえーですよね」
「ええ、そうですが、どこかでお会いしましたか?」
マダムは、ぷっくりとした唇を持つお多福顔である。
「いつも、娘の未来がお世話になってます」
年齢はかろうじて金城の方が下ではあるが、着る物、立ち姿、話し方、どれをとっても品がいい。どうやら、未来の母親で間違いない。
「こちらこそ、こないだは、未来さんに西宮を案内してもらってお世話になりました」
「いいえー、それは、あの娘が望んだことだから、お世話でもなんでもありません。それより、未来の望みを聞いて下さってありがとうございます」
(ああ、気の良い母親《ひと》だ。この母親《ひと》が真っすぐ育てたから、今の未来があるのか)
金城は、未来の母親を一目で気に入った。彼女の優しい笑顔と落ち着いた話し方から、家族思いの誠実な人柄なのが伝わって来た。この母親が選んだ未来の父親もきっと誠実に違いない。慣れ親しんだ西宮から、おそらく50代を過ぎてから拠点を東京に移すのは相当に勇気と、娘の将来と安全、無事を願う心が無ければできないことだと苦心が推察できる。
いい家族だ。こんなに素晴らしい家族と離れて暮らすなんて、東京で独りで暮らすなんて、根が優しい未来には出来ない。
金城は、「今回の企画、なにがなんでも成功させる!」と、心の中で強く決意した。未来の母親との出会いが、彼の心に新たな火を灯したのだ。彼の胸には、未来とその家族への感謝と尊敬が溢れていた。
「あのー、金城せん↑せえー、この後、お時間あれば、未来の楽屋に来ませんか?」
金城は基本的に人見知だ。1度や2度食事を共にしただけでは、親しい間柄にならない性格だ。それでも、未来の母親の親切を無視するのは気が引けた。
「じゃあ、少しだけ」
と、言って、未来の楽屋を訪ねた。
こういう時に、限って、金城は手ぶらだ。今日は、ライブを見に来るつもりはなかったから、「庄谷のシュークリーム」も仕込んでない。ちょっと、気兼ねして、未来の母親について行った。
「未来、お客さん連れてきたよ」
『Tropical Breeze』の楽屋は、一つの大部屋だ。メンバーそれぞれのキャリアや、人気の違いはあれど、「One for all, all for one」。一人はみんなのために、みんなは一人のために、グループで活動する時は、みんな対等、その証拠に、リーダーすら決めていない。
金城は、目を白黒させた。
ステージを終えたアイドルの現実に。あんなにステージ狭しと飛び跳ねていた『Tropical Breeze』が楽屋では、全力を出し切って、肩で息をし酸素吸入器でケアし、汗で化粧は崩れ、キラキラの見る影もない。まるで、試合を終えたアスリートだ。
思わず、金城は見てはイケない物を見た時のように「あっ!」と、声を発した。
聞きなれない、声に、素の『Tropical Breeze』のメンバーの視線が金城に集まった。
キョロキョロ。
金城の目が泳いで、楽屋を出ようとした時、「金城せん↑せえー、来てくれたん」と、未来の声がした。
その声に、メンバーも色めき立つ。
「やだ、涼さんが言ってる金城せん↑せいーって、このオジサン?」
(そうだ、悪いか、年齢・経年劣化には抗えないのだ。いずれ、君にも訪れる)
現実を突きつける言葉に、心の中は相当ショックで泣いていたが、笑顔で答えた。
「金城星司です。みなさん、よろしく」
と、平常運転の200%の笑顔で答えた。
すると、未来が、イスから立ち上がって金城に近づき「せん↑せえー、これ食べる?」と、手に持った母親からの差し入れ楽屋見舞いの洋菓子を食わせた。
「あっ、ミッシェルバッハのクッキーローゼや」
むしゃむしゃ。
(クッキーは固すぎず柔らかすぎず、むしろ、サクサク。チョコも、バニラも、香りがあるなぁ)
金城が、そんな感想を頭の中で呟いていると、未来が、「はい!」と、何かを差し出した。
「あっ、『三ツ矢サイダー』」
「ウチの家は、おばあちゃんの代から、ミッシェルバッハには、『三ツ矢サイダー』って決まってるねん」
(「えっ! 甘いものに甘いものを重ねて、しかも炭酸。合うのか‼」)
と、金城は、内心で戸惑っていたが、未来の母親も気の良い顔をして、こちらをうかがっている。
金城は、『三ツ矢サイダー』のキャップを回すと、「プシュ!」と、炭酸の音がしたと思うと、次の瞬間、サイダーがシャリシャリに氷粒になった。
「おっ! 氷点下」
金城は、眼を見張った。
未来は、自信たっぷりに言った。
「せん↑せえー、これやでCMの商品は」
未来は、金城の感想を期待して、目を輝かせている。
金城は、『氷点下三ツ矢サイダー』を飲んだ。
喉を、氷の粒が、犬に追われた牧場の羊たちのように、いっせいにシュワシュワ走って行く。喉越《のどご》しは、爽やかで、甘さもちょうどいい。
「美味い」
未来は、微笑んだ。
「せん↑せえー、そやろ、これ、ホンマに美味しいねん。だから、せん↑せえーに、書いてもらおう思ってん」
素直に、動機を語る未来の笑顔はキラキラと輝いていた。この未来の笑顔を見ているだけで、金城のこれまでのスランプに苦しんだ苦悩の日々が洗い流されたような気がした。
「そうかー、これは美味い。未来さん、オレにすすめてくれてありがとう」
と、金城は、未来の好意を素直に受け入れた。
つづく