【雑記】過去からの魔物
だめだ。書けなくなった。
少し前まで、文章を書いていると文字通り寝食も時間も忘れるほどに夢中になって止まらなかったというのに、突然、書けなくなった。
創れなくなった、という方が正しいかもしれない。現に、いまの自分の状況の説明であればこの通り書けている。
忘れかけていた、過去からの魔物が再び現れた。
その魔物は、私の意欲ばかりか、夢も希望も、体力も…思考力さえも赤子の手を捻るかのごとく、容易に粉々に打ち砕く、底知れぬ破壊力を持つ。
このところ体調不良が続いていたが、体力消耗と、気象病と、ホルモンバランスのせいだとばかり思っていた。
しかし、そうではなかった。
まさかの、過去からの魔物の襲来の予兆だったのだ。
忘れていた。忘れた方が良い。忘れなければ、その魔物は一生私に付き纏うかもしれない、そう思っていたから。
最近、私は環境を変え、生活習慣を変え、自分の在り方を見直して立て直し、すべてが上手くいくはずだった…
忘れられる、いっぺんに忘れるのは難しくても徐々に忘れていける、そう信じていた。
どれだけ殺伐とした状況の中でも、時に頽れそうになったり、私自身が魔物に取り憑かれたかのように暴走したりしながらも、魔物を消し去るべく立ち上がり、再び前を向いてきた。
これは、良い方向へ向かうための、魔物とではなく、自分との闘いなのだ、と言い聞かせながら。
その甲斐あって、魔物を発生させる原因となった記憶は徐々に薄れていった。
いつかのように激しい憎しみを増幅させることもなく、まだ少しの痛みはあるものの、このくらいならどうということはない、というところまでたどり着いた。
そして、やっと見つけた"人生の目標"、それに向かって邁進するのみ、そう思った矢先の出来事だった。
魔物の幻影が、油断した私の前に突如として現れたのだ。
休日の昼間、近所のコンビニに行った帰りだった。
「何してるの」
道端で、カバンから飛び出していたお財布をきちんと仕舞おうと立ち止まっていた私は、後ろから男性に声をかけられた。
身に覚えもないが、職務質問か何か?と思いつつ振り返ると、そこにいたのは警察官ではなく、白い軽ワゴンに乗った、何らかの業者風のポロシャツ姿の男だった。
全く見知らない顔であり、声をかけられた理由もわからない。
「別に。何ですか?」
私が振り返り睨みつけつつ答えると男はへらへらしながら言った。
「お話ししたいなー、と思って」
不審者だ。紛う方なき不審者である。下半身で意思決定をする類の、ろくでもない輩。
私は、急ぐので、とだけ言って、敢えて最短ルートで自宅には向かわず、遠回りをすることにした。
すると、その男の車は私が向かう方向とは逆方向へ走り去っていったが、様子がおかしい。
私が歩いていた道と平行に走る道が、空き地越しに見えるのだが、ふとそちらを見ると、それらしき車が私の進行方向と順行して走って行ったのだ。
その辺りの道は少し複雑であり、そのまま車が走ってゆけば、私がまっすぐ進めば鉢合わせするであろう道に出る。
しまった、先回りするつもりだ。
ならば、と私は途中の角を曲がり、その先に先程とは別のコンビニがあることを思い出し、その辺りに行けばそこそこに人通りがあるのと、何かあればコンビニに飛び込めば良い…私はそんな思いで2軒目のコンビニを目指した。
すると、お昼時過ぎで混雑するコンビニの駐車場で、再び先程の不審者と出くわしてしまった。
しかし前述の通り、駐車場が混雑していれば、人もそれなりにいるのが道理である。
さらにコンビニからイートインスペースが軒並み消えている今、コンビニの前で座り込んで食事をしている人や飲み物を飲んでいる人、喫煙所で煙草を吸う人がいた。
そんな人目が多い場所だからか、男はやはり車に乗ったまま、恐らく修羅のようであったであろう私の顔を一瞥すると、今度こそ一目散に走り去っていった。
私はそのままコンビニに入り、何だかんだと1時間ほど滞在し、アイスクリームと、普段はまず飲まない甘すぎるほど甘いカフェオレを買って、来た道とはまた別ルートを通り、無事に帰宅した。
たったそれだけで、である。
過去からの魔物は、私の脳内でじわじわと姿を表し、今日は出勤はしたものの、全く仕事が手につかない。
魔物は今も私の全てをを潰そうと脳内で暴れているが、どうにか食いとめている、拮抗状態である。
じきに40に手の届く中年女が何を、と笑われるかもしれない。
しかし、記憶というのは皮肉なもので、古いものであっても、潜在意識にまで影響を及ぼすようなものはなかなか消えることがなく、そして忘れたいことほど、忘れたかに思った頃に、似たような出来事がきっかけとなり「過去からの魔物」として心身や何もかも全てを蹂躙しようとするのだ。
そして、私を今まさに押し潰そうとしている魔物もそんな記憶の化身なのである。
しかし、私は負けない。
過去は不変。未来は不確定。
つまり魔物は過去の産物である以上不変であり、逆に私は現在を生きているためどんどん変わることができる。
過去からの魔物がどれだけ凶悪で、執拗であっても、私の在り方次第では私の力の方が上回り、過去という冠詞に相応しく魔物は遺物となる日が来る可能性は大いにある。
もうひと踏ん張り、だ。
私は、必ず勝つ。
完