轢かれたおばあちゃん
ユンボをご存じだろうか。
一般的にはショベルカーという名で通っているかもしれない。
私の地元ではユンボと呼ばれている。
そしてあの超スロースピードな掘削用建設車に轢かれた人がいる。
私のおばあちゃんである。
「大変じゃ!おばあちゃんがユンボに轢かれた!」
その日妹はあわてた様子で家に帰ってきた。
リビングにはヘラヘラとだらしない姿で寝転ぶ姉の私と、愛犬コロがいた。
「またテキトーな事言うて。あんなおっそい乗り物にどうやって轢かれんの?」
おばあちゃんには申し訳ないが、この時私は妹の話を1ミリも信じていなかった。
呑気にケッケと笑う私を見て、妹もにわかに信じ難くなったのかニヤニヤと笑い出した。傍らのコロなんてもう寝ていた。
そして数十分後、看護師である母から電話がかかってきたことで、私たち二人と一匹にやっと緊張感が降りてきた。
母「さっきも電話したけど、おばあちゃんユンボに轢かれて、今ウチの病院に運ばれてきたんよ。命に別状はないけど、今から手術。アンタ達これから迎えにいくけん、病院行く準備しとき!」
私「わかった。ていうかどーやったらあんなゆっくりなモノに轢かれるん?」
母「知らん!私が聞きたいわ!…ほんな後でな!ンブふッ!。」
ガチャ。
お母さんは電話の向こうで私の質問にうっすらウケていた。
病院に着いた私と妹は、母から今一度おばあちゃんの命に別状がないことと、救急車で運ばれてきた経緯について教えられた。
おばあちゃんは当時建設会社で働いており、工事が終わった後の現場周辺の道具の片付けや、仕上げの洗浄などの作業を任されていた。70歳を過ぎても体を使う仕事が好きで選んじゃうところ、さすが昭和初期ストロングおばあである。(前記事:ハードボイルドおばあちゃん参照)
その時もせっせと現場を竹箒で掃除していたそうで、ふいにおばあちゃんの背中にドンっ!と衝撃があった。
そしてそのまま前のめりにパタンと倒れたかと思うと、ユンボのキャタピラがバックでおばあちゃんの左太ももまでメリメリと登ってきたのだそうだ。
聞くだけで痛みでよだれが出そうな惨劇。
私たちを見るなり、申し訳なさMAXで謝りまくってくださるおばあちゃんの会社の社長さんの姿を見て、病院に向かう車内で”おばあちゃんがユンボに轢かれる状況とは?”という不謹慎MAXな大喜利トークをしていた自分達をやや恥じた。
そして数時間後、病院の方々おかげでおばあちゃんは無事手術を終え、数日後には個室に移り、面会も可能なまでに回復した。
「運ばれてきた時も、痛いとか辛いとか一切弱音を吐かず、治療に耐えてくださったんですよ。」と回診にきていた担当医からありがたいお褒めの言葉を頂いたのに、「痛いだの辛いだの言ったところで、それが軽くなるわけじゃなし。」と身も蓋もないことを言い、軽く医者を凍り付かせるマイグランマ。
説明するのを忘れていたが、私のおばあちゃんはすこぶる性格が悪い。
「おばあちゃん…せっかく褒めてもらったのに!」こんな塩対応に慣れっ子な孫の私たちはケッケと笑った。医者からしてみればとんでもない一家である。
そんな冷えた病室の温度を取り戻すが如く、爽やかなイケメン看護師さんが現れた。
「シーツお取り返しますね!こちらのソファーに腰掛けてお待ち下さいっ!」実に手際よく、実に爽やかにシーツを交換する彼を横目に、
「腰掛けろ言うてもその腰がユンボに轢かれてボキボキじゃで。」と渾身のユンボジョークをかまし、ベッド横のソファーに涅槃像のポーズで鎮座する祖母。爆笑する孫。カオスである。
するとふいにおばあちゃんが沈黙し、看護師さんの仕事ぶりをぼーっと見つめ始めた。
さすがに少し疲れたかな…とおばあちゃんに一声かけようとしたその時、
「あんた、男前やな。」
その場にいたおばあちゃん以外全員が固まった。
説明するのを忘れていたが、おばあちゃんは昔からイケメン好きなのだ。
困り顔のまま退出したイケメン看護師に、彼の上司である私のお母さんは、「あれは完全にセクハラじゃな。」とナースステーションで姑の無礼を詫びていた。
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